横書き移行に伴う変化について

押木秀樹   


 これまで、あちこちの文章の中で「横書きへの移行」問題についてふれてきました。具体的には以下になります。

 ここでは、横書き問題だけ読みたいという人のために、これらの内容を抜粋しておくとともに、 について、補足しておきたいと思います。
 まず最初に、漢字の運動性の特徴であるZ型運動(押木研用語か?)という考え方と、横書きの問題を整理しておきます。書字する際には、進行方向と垂直な方向の運動をしているのではないかということは、別項に書いたとおりです。参考のために、下の左に図を載せておきます。これが、横書きになるとどうなるでしょうか?

 もちろんZ型運動が基本になっているとしても、それ以外の運動も当然多く含まれます。たとえば、扁から旁に移る際には、必ず右上方へ移る運動をしているわけです。この扁旁構造は、後述する一字種ごとの切り分け認識に役立っているので、ある程度仕方ないと考えられます。
 それが、横書きになると、この右上方へ移る運動の頻度がひどく増すことはいうまでもありません。下の右の図をご覧いただければ、納得していただけるだろうと思います。これにより、Z型運動の中断が高い頻度でおこなわれることになります。基本的運動が成立しにくくなった際、書字運動の変化やそれによる字形の変化の可能性があるかも知れません。なお、この運動の頻度について、測定し検討してみたいと思っていますが、まだ手つかずのままです。うちの学生が卒論ででもやってくれたら、もっと実証的に示せるのでは、、と思っています^^;;



 さて扁旁構造は、後述する一字種ごとの切り分け認識に役立っていると書きましたが、次にこの点を整理しておきます。

 少し書字という観点からはずれますが、読みやすさということから、この問題を補足しておきましょう。まず扁と旁からなる文字、左右からなる文字はどのくらいあるでしょうか。渡辺『漢字と図形』(日本放送出版協会)など、いくつかの本で数えられていますが、ここでは『書写指導(中学校編)』(萱原書房)の数字を載せておきます。常用漢字1945字の場合、

だそうです。

 右図のように、縦書きする漢字の場合、「想像」の例のように、上下構造だと字種の切り分けで時間を要したり、ご認識のおそれもあります。扁旁構造が多いということは、この点から縦書きに適しているわけです。ところが、横書きになると、せっかくの構造があだになってしまうわけです。右図を見れば、説明を要しないでしょう。


 そのため、「扁旁構造と横書きの問題」の問題のなかで、右の図の例をあげ、扁と旁の組み合わせ方の指導の必要性を取り上げたというわけです。詳しくは、「扁旁構造と横書きの問題」をご参照下さい。



 次に、はねの装飾性と機能性」の問題から、縦書き横書き問題のみ取り上げておくことにします。右図の例をご覧下さい。縦書きで発達してきた漢字ですから、行書で書く際には「化」のはねを省略することで、書きやすさを増していました。ところが、横書きになったらどうでしょう? 今度ははねがあった方が書きやすいことになります。「北」という字の場合は、単独の字種の場合、はねは省略されず、「背」などの部分形になると省略される傾向がでそうです。横書きによる字形の変化が考えられます。すでに、それらしい兆候は見られます。興味があれば、論文「手書き漢字字形の多様性に関する研究−印刷用字形の影響および書字しやすい方向性を中心に−」および論文「ひらがな学習時に規範とされる字形と実使用の字形との差異」をご参照下さい。

 最後に、筆順と横書きの関係を見てみましょう。

 筆順も別項のとおり、書きやすさ・覚えやすさといった要素から成立していると考えられます。しかし、話はそう簡単ではありません。「筆順指導の手びき」における、「可」の筆順は、右図のaとbのどちらでしょうか? 答えは、aです。倉内(大沢『文字の科学』)は、一字を書く際の水平移動距離を測り、「手びき」の筆順でない筆順で書く人が多い文字は、その筆順の方が移動距離が少ない、すなわち書きやすい字であることが多いとしています。この考え方でいくと、bの方が書きやすいことになります。それなのに、aが「手びき」に載っているのはなぜでしょう? そうです。一字の中だけなら、bが書きやすいはずですが、下の文字への連続を考えると、aの方がスムーズだということではないでしょうか。

 しかし、倉内の調査でも、bの筆順で書く人が多いのです。もう言うまでもありませんね。もともと縦書きの中で成立した書きやすい筆順は、横書きになっても書きやすいとは限りません。bの場合は、一字の水平移動距離が短いのに加え、横書きした場合、次の字すなわち右への運動性もよいわけです。それが調査結果に現れているとは言えないでしょうか??

 なお、この点については、すでに研究が進められています。周錦樟「筆順始終点から見たタテ・ヨコの問題」(輔仁大学外語学院日本語文学系『日本語日本文学』1989.2)などをご参照下さい。



 以上、横書きによって生じる事柄について、いくつか見てきましたが、もちろん細かく見ていけばさまざまなことが起こってくるのではないかと思います。それについての調査をするとすれば、今がもっとも良い時期なのかも知れません。また、この問題に対処した書写指導も必要かと思われます。どうでしょう、ちょっと関心を持ってみてはいかがでしょうか!

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