手書き漢字字形の多様性に関する基礎研究

−印刷用字形の影響および書字しやすい方向性を中心に−

富山市立萩浦小学校 堀 千鈴 金沢大学教育学部  押木 秀樹


1.はじめに

 手書きされた漢字の字形には、個人間に差異が存在する。ある個人の筆記する字形は、ある年齢において一程度決定すると仮定し、個人の字形の確立過程を図 1のように想定した。この図のように考えたとき、明朝体・教科書体といった印刷用字形の影響、推測によって生じる字形素の淘汰の可能性、書きやすさ・形の取りやすさによる要素などを把握することにより、手書き漢字字形の多様性を把握できるのではないかと考えた。教育においても、これらを把握することで、より必要性の高い学習内容を精選することができるであろう。

 これらの要素のうち、印刷用文字に関する研究は、数多くなされている。原田1・2は、明朝体と筆写文字の間に見られる差異について、阪本3は子供と明朝体の関わり方についての問題点を上げている。また、柘植4のように、明朝体と実際書かれている筆写文字の字形上の違いを述べているものもある。ただしそれらは、現代の具体的な書字行動との比較ではない。

 筆者らは、手書き漢字字形の多様性とその要素を大まかに把握することを目的とし、大学生100名を対象とした110字種の調査をおこなった。そして、そこに現れている特徴を、印刷用字形との関連、書きやすさに関する要素、覚えやすさに関する要素、形の取りやすさによる要素によって、考察を加えた。本論文では、これらのうちから、特徴的なものについて報告する。

 なお最初に、いわゆる教科書体すなわち『小学校学習指導要領』5における「学年別漢字配当表」についての筆者らの認識を示しておく。これは、字体としての標準を示したものではあるが、字形をのぞいて学習することはできないことから、結果としてこの字形を参考にして指導がなされているのが現状であると理解した。重要なのは、印刷に多く用いられている明朝体でない書体をもって示している点である。教科書体は、より手書きに適した形で字形を示したものと理解するのが自然だと考え、以下の考察をおこなった。




2 .調査および分析方法

2 -1  調査方法

1.対象者

   金沢大学学部学生(1年生〜4年生) 男子:50名,女子:50名  計100名(有効回答数)

2. 調査日  1995年10月

3. 書字条件

4. 調査対象字種   漢字 110字種(いわゆる教育漢字より108字種、常用漢字より2字種) 表1参照。

※ 以上の調査により、110字種 × 100人 = 11000文字のサンプルを得た。

 


2 -2  調査する特徴と比較対照字形

 表1に示す箇所について、調査をおこなった。なお、これらの特徴を分類は、目視によっておこなった。

 また、比較対照した印刷用字形は、

を用いた。なお本稿の図表では、特殊な場合をのぞき、「MS明朝」7および「FA教科書M」8を用いている。以下の表中の太字は教科書体の特徴を、下線は明朝体の特徴を示し、斜体はそれらの特徴が異なることを示した。



3  明朝体と教科書体の差について

 まず、明朝体的特徴と教科書体的特徴について、各調査要素ごとに示したのが、表2である。このうち、教科書体的特徴の比率が、明朝体的特徴に対して過半数に達しなかったものとして、
があげられる。これらの問題に加え、はねの省略などについては、次章以下で考察をすることとし、本章では、明朝体における転折部の強調と、「口」「日」などの右下部の接し方ほかについて考察しておく。


3 -1  明朝体における転折部の強調

 明朝体における転折部の強調( 図2参照)については、すでに小柴9などに見られる。この問題は、画数の誤認識の恐れを含むものである。明朝体型の比率を平均すると、次のようになる。


 この中から、明朝体型の比率の高い上位二者@Aの内訳を、それぞれ表3と表4に示す。それぞれ「比」「医」のみが、25%と高い数値を示している。これらの箇所は、それぞれ1画で書いた方がより効率的・機能的であると考えられるにも関わらず、この2字種のみが高い数値となったのはなぜか。2字種に共通する点としては、それぞれ転折部が文字の中で大きいことがあげられる。また、「医」については、くにがまえの2画目が変化したパターンと捉えることや、「臣・巨」との混用も考えられる。


 比較的小さい箇所は続けて書くが、大きめな箇所は二画で書くということに着目した場合、明朝体の字形の特徴を捉えている被験者も、細かい部分になると機能的な一筆で書く方を選んでいるという推測ができる。 



3 -2  「口」パターンの右下部の接し方について

 教科書体について見ると、図3のように、「口」もしくはそれを含む部分形(以下、<口>形)の場合、その右下の接し方は、横画がでるパターンとなる。一方、「日」やその部分形(以下、<日>形)の場合、縦画が出るパターンとなる。この違いは、行書で筆記した際の連続性のためと推測できる。閉じられる空間の内部に点画がある場合は縦画がでるパターン、内部の点画がない(縦画から直接横画へ連続する)場合は横画がでるパターンという規則性である。ところが、明朝体では<口>形・<日>形ともに、縦が出るパターンとなっている。

 これらについて平均すると、<口>形を縦画がでるパターンで書く比率は22%、逆に<日>形を横画が出るパターンで書く比率は13%となる。これらの内訳を示したのが、表 5と表6である。なお、今回の調査においては、分類できないものあるいは判別不能のものをのぞき、「」「。」2つに分類し、パーセンテージで示した。


 まず<口>形について表 5から、字種により30%以上の差が見られることがわかる。縦画がでるパターンの比率が最も高いのは、「口」であり、先の転折強調と同様に、もっとも大きく特徴があらわれる字種である。さらに、その部分形と比率とに関連があることがわかる。まず、部分形が「口」であり、それも部分形「口」が文字の最下部に位置する字種が、上位を占めている。「口」をはっきり意識しやすい場合に、明朝体の特徴があらわれやすく、明朝体で学習したパターンが意識されにくい場合に、より機能的な書き方が出現する。


 次に、<日>形について、表6を見る。字種により、20%近い差が見られる。この差は、その部分形の縦横比と相関があると考えられる。「口」と「目」などの接し方からの連想だと考えられる。被験者の中には、内側に点画が存在するかどうかではなく、縦横比で判断している人がいる。書写指導の不足点と言えよう。



3 -3  その他

3 -3 -1  「令」(表7)

 明朝体の特徴が現れている場合が16%あり、これは純粋に明朝体の特徴を表現していると考えられる。また、中間的なパターンが5%見られる。


3 -3 -2  しんにょう(表8)

 明朝体の特徴が現れている場合が22%見られる。ただし、明朝体の特徴を覚えているためか、点画を単純化するという書きやすさのためなのか、断定はできない。




4 .書字しやすい方向性を持つ変形

 前章では、おもに明朝体・教科書体の特徴の違いから考察した。そのなかで、書きやすさに関する特徴についても触れたが、本章では印刷用字形の違いに関わらず、手書き漢字にあらわれる特徴の差異を、書きやすさという視点で考察する。



4 -1  終筆−はね・はらいの省略−

4 -1 -1  はねの省略

 筆者らは本研究において、はねを二種類に分けて考えている。図4のように、隷書体の時代は波磔であったものが行書体になると省略されるもの(例:「北」)と、逆に隷書体の時代にはなかったはねが行書体になるとあらわれるもの(例:「月」)とがある。前者は装飾性のはね、後者は機能性のはねと考える。

 この考え方から、調査対象字種のうち、筆者らが装飾性のはねと判断したものが、表9である。「四・西・窓」において、明朝体型の特徴であるはねがほとんど見られない。これは、教科書体の学習に加え、機能性が優先されている結果と言えよう。

 また、「北」もしくはその部分形を含む字種では、教科書体・明朝体ともにはねている。結果は、単独形の「北」ではねる場合が96%とほとんどを占めるのに対し、部分形の「北」になると68%とやや少なくなる。これは、「背」の場合、「北」の5画目を上にはねると、次の画(「月」の1画目)へつながりにくくなるためだと思われる。同様に「能」は、10画目に対し、8画目の方が「とめ」にする場合が多いのは、下への連続性に対して非機能的に働く運動は避けるためと推測できる。

 「改」のみが、教科書体ではねないにも関わらず、過半数がはねる結果となった。この原因は、明朝体の影響、部分形単独の字種「己」の影響の問題、右部分形への連続が比較的容易であるという3点から考えられる。

 これらの結果から、装飾的要素は省略される傾向があること、部分形になると装飾的要素は減少するという二点が確認できる。また、他の部分形や単独字種の影響も考察すべきであることがわかる。


4 -1 -2  はらいの省略

 筆者らは、はらいのうち多くを装飾的要素と考える。表10の「青」「朝」のように、明朝体・教科書体ともに同一の特徴を持つ場合、印刷用字形のパターンの比率が高いことがわかる。「青」のように「月」が下にくる場合、「月」の1画目をはらうと形が取りにくいため、自然に形の取りやすい形状で書字しているという推測もできる。

 明朝体と教科書体で特徴が異なる場合は、基本的に教科書体のパターンが多くみられた。ただし、「矢」をのぞく「医・恩・園」については、明朝体のパターン(はらわない)が多くみられた。同じく表10の「外」は、教科書体のパターン(はらわない)が多く、逆になっている。このことから、表10のはらいの問題は、印刷用書体の差異とは別の要素が強く働いていると言えよう。

 「矢」に比べ「医」のはらいが50%も減少することについては、部分形の「矢」の占める割合が小さくなり、はらうことが難しくなるためと思われる。また、「恩」「園」も同様である。以上より、印刷用字形の影響よりも、書きやすさすなわち装飾的要素の減少が優位に働いていることがわかる。

 なお、これを中学校等における行書学習の成果として捉えてよいだろうか。本稿においては限定できないが、その判断材料として、部分形「木」のはらいの問題が上げられる。中学校等における行書学習において、部分形「木」のはらいをとめにするということは、極めて基礎的な事項である。しかし、字種「木」に比べ、「条」の部分形「木」は10%程度の減少にとどまり、「矢」の減少50%とは対称的である。



4 -2  接し方

4 -2 -1  交接・接離の問題

 微細な部分であるが、明朝体で接している部分が教科書体で離れている場合と、明朝体では明らかに交わっている部分が教科書体で接するにとどまっている場合とがある。表 11がその例としてあげられる。

 接離について見た場合、明朝体・教科書体ともに接している字種は、80%から90%が接しているが、明朝体のみで接している字種は、10%から20%程度である。これには、教科書体の優位のほか、きちんと接するよりも離した方が書きやすいという要素が推測できる。さらに、「又」の場合、篆書・隷書の造形がいまだ生き続けているという見方もできる。

 交接について見た場合、明らかに交わる書き方すなわち明朝体型が圧倒的となる。これには明朝体の優位のほか、きちんと接するよりも交わらせた方が書きやすいという要素が推測できる。さらに、「才」の場合は、カタカナの「オ」との混同を防ぐ意図が自然に働いているという見方もできる。

 この結果を総合すると、明朝体・教科書体の優位よりも、書きやすさの要素によって左右されているということが言えそうである。


 また、字種もしくは部分形の「木」のはらいの接し方について、表12に示す。木が部分形になった場合、行書指導において「ホ」形に作ることは基礎的な内容である。これを接し方から見た場合、「木」から「条」において20%程度、離れる場合が見てとれる。


4 -2 -2  「北」

 接し方の問題として、表 13に「北」の接し方をあげた。教科書体型、2画目の終筆が3画目の終筆の上にあるものが94%とほとんどを占める。2画目の終筆から3画目の始筆までの連続性と、3画目から4画目への連続において交わりを避けるためから、教科書体型の方が、運動的にも有利だと考えられる。



4 -3  連続の問題

4 -3 -1  はらいと連続

 書きやすさを示す要素として、本来二画として書くべき所を連続させて書くことがあげられる。筆記具の上下動と空筆部の減少になるからである。

 まず、連続の問題として、横画からはらいもしくは斜めの画への連続について調査した結果を、表 14に示す。連続を示す比率は、最大の「絵」(10画目と11画目)の24%から、最低の「差」(6画目と7画目)の6%が見られた。

 このような差の生じる原因として、「差」は教科書体・明朝体ともに7画目が4画目の左に接しているため、連続のための変形が大きくなりがちであることがあげられよう。

 対(2画目と3画目)は、 連続が10%である。中学校書写教科書の行書体の例としては、図5のように連続する場合としない場合の両方が見られるが、古典においては旧字体の「對」の行書しか見られない。さらに「対」の左部の部分形としてイメージされる「文」の行書例からも草書の表現をのぞけば、連続例は見られない。このような古典に見られるか否かが、現在まで影響を与えている可能性も否定できない。


 次に、左はらいから横画への連続について、表15に示す。今回の調査では、連続が34から5%見られた。様々な要因が考えられるが、画数との相関係数を求めたところ、0.67を示した。細かい部分ほど連続が見られると言えそうである。


4 -3 -2  いとへんにおける連続

 表 16のように「糸」において、1・2画目を1ストロークで書く場合が10%見られる。この特徴は、単独形の「糸」よりも、部分形の「糸」の方に多く見られ、さらに部分形が1字の中に占める大きさが小さくなると、書きやすさが先行して、連続が起こりやすくなるものと推測できる。



4 -4  部分形の変形

 書きやすさの要素として、部分形が書きやすい形状へと変形する場合についてみる。

4 -4 -1  曲がりの省略―あなかんむりと「四」―(表17)

 「窓」の穴かんむり(5画目)において、明朝体・教科書体ともに曲がりを含むのに対して、曲がりを含まないパターンが7割近くも見られる。単独形である「穴」の形と、下部の「ム」を含めた「公」との関係なども推測できるが、極めて高い比率と言えよう。穴かんむりを含む他の字種についても調査する必要がある。

 次に「西・四」の場合、曲がりのあるパターンが、68%・84%と、過半数を占める。これらの字種の場合、次の画への連続の容易さも書きやすさの要素と言えよう。

 なお、「西」の方が「四」よりも曲がりの省略が多く見られる。これも、一文字の中に占める部分形の大きさの比率が違うためではないかと思われる。また、「西」の場合、「価」の右部の影響があることも推測できる。


4 -4 -2  いとへんの行書化

 いとへんの行書的表現は、表18に示すとおり、4%と比率が低い。少なかった理由として、「漢字の書き取りテストのつもりで」という条件で調査したこと、行書指導の不足といったことが推測できる。



4 -5  運筆方向―はらいか横画か―

 同方向への運動の連続、空筆距離の短縮などの理由から、はらいを横画にしたり、逆に横画をはらいにしたりといった書き方が、古典の行書・現代の行書指導に見られる。この問題を、表 19に示した。横画をはらいにする場合として「所」(1画目)は、異体字として、また台湾における字体としてこのパターンが見られるにも関わらず、を右から左へのはらいと書く例は、わずか3%と少ない。

 はらいを横画にする場合は、高い比率のものもみられる。「北」(4画目)と「考」(5画目)とが42%・45%と近い数値となっている。また、「称」(1画目)と「風」(3画目)が比較的近い数値11%・7%となった。「考」「風」「北」の3字種は、中学校における書写教科書において、行書もしくは許容の例として、横画に書いても良いとしている字種である。一方、「称」に関しては、のぎへんの1画目を横画として書いている例は見られず、書写指導のテキスト10においては、短い左払いを横画にしてはいけない文字例の一つとしてあげている。にもかかわらず、のぎへんの横画例は、「風」以上の比率を示している。この点から、中学校での書写指導が、今回の調査における<書きやすさ>を左右しているということはできないようである。




5 .覚えやすさに関する要素

 前章までの考察中に触れたように、類似する部分形においては、多少字形が異なってもそれらが互いに混用されている可能性が見られた。本章では、覚えやすさについての調査結果を報告する。


5 -1  点の形状と接離

 まず、点の接する離れるについて、表 20に示す。調査した7字種のうち、明朝体で接するものが4例、教科書体では3例となる。全体として、明朝体・教科書体の接離が一致する場合、そのパターンが70%前後となっている。また、明朝体と教科書体とで異なる字種「福」の場合は、教科書体のように離れる場合が66%と過半数をしめる結果となった。全体を見ると30%は、この使い分けをおこなっていると考えられる。点の接離が、字種の識別要素となっているとは考えにくく、なぜ二種なければならないのかという疑問が生ずる。


 つぎに、点の形状を表 21に示す。縦方向へのストロークを持つ点(明朝体・教科書体)と、横方向(明朝体)もしくは斜め方向(教科書体)へのストロークを持つ点があるわけである。調査結果を見ると、全体として斜め(教科書体)方向へのストロークを持つ点が、ほぼ過半数となっている。加えて、横方向(明朝体)へのストロークを持つ点は、1割にも満たないことがわかる。ただし、印刷用字体における点の使い分けによって、10から20%の増減が見られ、この点の形状を被験者の一部は捉えていることがうかがえる。点の接離と同様に、形状においても、二種存在することの意味が問題となる。

 この印刷用字形の点の接離および形状の差は、何によって生ずるものであろうか。これらの部分形の篆書体について、図6に示す。これを参照する限り、差は篆書体の形状を残存させている結果であると言えそうである。現代の字種構成からいっても、この差が識別要素となっていない以上、調査結果にこの使い分けがあらわれなくとも当然といえよう。また、別の見方をすれば、教科書体において二種類の点を用いることは、覚えやすさという点において、無意味な差を作っているともいえるだろう。



5 -2  旧字体の残存

 かつて、旧字体と新字体(現行字体)について多くの論述がなされた時期があったが、今回の調査対象は大学生であるため、この問題は確認することが出来なかった。ただし、「様」のなかに、表22に示すパターンが見られた。「ヲ」+「水」のパターンである。一つには、「ヲ」+「大」による「美」と同様に上下に分けて考えている可能性もあり得る。しかし、その特殊性からすると、「ヲ」+「永」による旧字体「樣」の残存が、誤って理解されているという考え方が出来るであろう。 




6 .まとめ

 本稿は、直接書写指導についての考察をおこなうのではなく、いったん現象として客観的に捉えるべく考察を進めてきた。まとめに入る前に、整えやすさに関する要素と書写指導上の問題についての補足として、一画強調と「心」の点の位置について表23と表24に示す。「心」の点の位置については、印刷用字形や過去に見られぬ字形の出現が確認できる。前章までの内容に加え、これらの結果は、改めて書写指導に応用できるものと考える。


 以上、各項目各要素ごとの分析では、推測の域をでないものであったが、全体を通して、ある程度のまとめができるであろう。比率の算出や統計的検証は、おこなわないこととして、次のようにまとめられると考えた。

○ 基本的には、教科書体に準じた表現が多い。(明朝体に準じた表現が過半数を超える場合もある。)
○ 明朝体型の表現が過半数となる場合や、両書体に見られない特徴があらわれる要素として次があげられる。

○字種が部分形になると、また部分形が1字に占める比率が小さくなるに従い、次の傾向を示す。 ○ 字形素の淘汰の可能性が見られる。(点の打ち方など)
○ 旧字体の残存・混用とおぼしき例が見られる。(様)
○ 書きやすい表現の増加傾向には、従来の行書指導の成果とは考えられない部分も多い。(はらいの問題・いとへん・「木」の部分形・はらいを横画にする問題)
○ 字種の識別要素となっていない字形まで捉えている場合が見られる。(点の形状・接離)
○ 字形の取り方に関する知的理解ができていない(「口」と「日」の接し方の違い)

 以上において、当初の目的である印刷用字形の影響・書きやすさ・覚えやすさ等の要素について概略を示してきた。書きやすさの要素の中には、書写指導の成果とは言えない結果や指導の課題も散見された。一つには、大学生ともなると、学校で習った教科書体の漢字より、書きやすさを優先した表現をしているためと言えよう。字形成立段階の縦断的な調査は今後の研究課題である。統計的分析の必要性の他、研究課題を列記しまとめとする。



<参考文献>
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江守賢治 「昭和36年度から使用される教科書の漢字(1−4)」,『総合教育技術』,1961. 4〜7
野崎邦臣 「漢字字体の標準と許容 (1)〜(45)」,『月刊国語教育』,1990.4〜12.1992.3 〜1993.12 

1  原田種成「活字字形の誤りと誇張」,『言語生活』192,1967.9
2  原田種成「再び活字字形の誤りと誇張ついて」,『言語生活』206,1968.11
3  阪本敬彦「子どもが明朝体に初めて出会うとき」,『アステ 』1-1,1984.6
4  柘植昌汎「漢字の字形  筆写文字と印刷文字の違い 」『山梨大学教育学部研究報告』34,1983.12
5  文部省『小学校学習指導要領』,大蔵省印刷局,,1989.3
6  阿保直彦編著『現代書写字典』/木耳社,1986.9
7  リョービイマジクス株式会社/Microsoft Corporation
8  FontAvenue/日本電気オフィスシステム株式会社
9  小柴・吉村・土田「手書き文字に現われる活字書体の影響」計量国語学会第35回大会(於愛知淑徳大学),1993
10  全国大学書写書道教育学会編『書写指導 中学校編』,萱原書房,1991.4