木へんははねず、手へんははねるのはなぜ?

-手書き文字における装飾性と機能性(2)-

押木秀樹   


 はねに関する質問は、いろいろなところで出てきますね。たとえば、次のようなものです。

  1. 漢字テストで、はねてないいうことで、ばつになりました。別にはねてなくても読めると思うのですが?
  2. 木へんははねず、手へんははねるのはなぜ?
さて、今回はこの二つの質問について、考えてみたいと思います。


 まず、質問の1から考えましょう。そうですね。確かに手へんにはねがなくても、木へんにはねがあGyoshoMoto96/gyosho97.htm゚ないことはないでしょうね。まず規則上はどうでしょうか?

 昭和56年10月1日内閣告示の「常用漢字表」(付)字体について解説には、次のようにあります。

この中の「筆写の楷書では、いろいろな書き方があるもの」「5.はねるか、とめるかに関する例」を右に載せておきます。

 「木」にはねがあったとしても、「誤った字」「この字は間違っている」ということができないことになります。こういった例は、筆順にも言えるのですが、それは別の文章でお話ししましょう。


 それでは、「はね」「とめ」の差はまったく意味ないと言えるでしょうか?

 右図では、楷書は区別をし、行書は区別をしていません。やはり、「はね」「とめ」の区別があった方がわかりやすい、「はね」「とめ」は字種の識別要素として機能しているように思います。ただし、単独の文字なら別ですが、たいてい文章として出てきますので、結果としてはそれほど大きな意味を持っているとは言えないかも知れませんね。



 それでは、この「はね」「とめ」という差を「書きやすさ」という視点で見てみたらどうでしょうか。書きやすさについて、装飾性と機能性という点から考察します。

 右の図をご覧下さい。この表を見るときに気を付けていただきたいのは、矢印が発生・使用の順序を表してはいないということです。発生順からすると、隷書→行書→楷書となりますが、別の文章で書いているとおり、水色で囲ったのが正書体で行書のみが通行書体、また黄色で囲った楷書と行書が現行の書体です。(「行書の意味と科学的解釈」参照)

 まず、もっともわかりやすい例は、「化」「木」です。「化」の場合、「はねあり(楷書 ≒ 隷書)≠ はねなし(行書)」です。漢字は縦書きで発達しましたから、次の字への連続を考えると、はねがない方が合理的です。しかし、正書体であり、多少時間がかかってもかっこよく書きたい隷書では波磔があり、同じく楷書でもはねがあるは、装飾的な意味が強いと考えられます。また、ある程度書きやすく・速く書きたい行書では、余計なはねがなくなるわけです。
 「木」は逆に「はねあり(行書)≠ はねなし(楷書 ≒ 隷書)」です。木の縦画はその次にはらいを書きます。ですから左上への運動をすると合理的です。行書の場合、筆記具の上下動が少なくなりますので、どうしても線がつながりがちです。(「行書の意味と科学的解釈」参照)その結果として、はねができたと考えるべきでしょう。その証拠に、隷書・楷書ともに、はねはありません。このように、書きやすく・速く書くために生じるはねを機能性のはねと考えます。

 さて一方、「手へん」は三書体ともはねがあります。おそらく、隷書のはね状のものは装飾的なものだったと考えられます。それがうまいことに、「木へん」と同様、次の画への連続性という意味からもちょうど良かった。すなわち、手へんのはねは、装飾的要素であったものが、機能的にも作用したと考えられます。
 さらに「月」のはねは、隷書になく行書にありますし、機能性のはねと言えるでしょう。それが、ゆっくり書いても良いはずの楷書にまで影響を与えているわけです。よほど有効なものだったといえるでしょう。また見方を変えれば、楷書の「木へん」にはねが生じていないのは、前述の字種の識別要素としての意味合いがあったのかも知れませんね。


 最後にまとめをかねて、二つ補足をしておきます。

 一つは、この例のように手書き文字の字形は、<読みやすさ>(字種の識別のしやすさ)と<書きやすさ>、さらにその他の要素との間で、バランスをとりつつ成立してきたということです。やはり、手書き文字の字形にも意味があるのです。これについては、論文「手書き文字研究の基礎としての研究の視点と研究構造の例」でもふれていますので、興味があればそちらもご参照下さい。

 次に、右図の例をご覧下さい。縦書きで発達してきた漢字ですから、「化」のはねは省略されることで、書きやすさを増していました。ところが、横書きになったらどうでしょう? 今度ははねがあった方が書きやすいことになります。「北」という字の場合は、単独の字種の場合、はねは省略されず、「背」などの部分形になると省略される傾向がでそうです。横書きによる字形の変化が考えられます。すでに、それらしい兆候は見られます。興味があれば、論文「手書き漢字字形の多様性に関する研究−印刷用字形の影響および書字しやすい方向性を中心に−」および論文「ひらがな学習時に規範とされる字形と実使用の字形との差異」をご参照下さい。



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