しかし、気になることがあるのです。それは、「はね」は「はねるように書く」ということなのでしょうか?、ということです。先生も、「勢いのある字」を書くときには、必ずしも「勢いよく書く」とは限りませんね、とのことでした。ここで私がお話ししたいことは、その形を表す名称が、その部分を書くときの書き方とは必ずしも一致しないということ、すなわちこのタイトルである形状の名称と運動とを区別すべきだということなのです。
確かに形状としては、物が地面に落ちて跳ね返るような形状をしていますので「はね」と呼びますが、細かく見ていくとその形状は一つではないことがわかってもらえただろうと思います。そして、形状をよく観察すると、決して筆を跳ね上げるように動かすことが「はね」を書くということにはならないことがわかってくるでしょう。楷書では、筆を浮かしつつ左に動かす(押す?)ような感じであり、行書では次の画への連続と考えた方が良いのではないでしょうか? 「跳ね上げる」ように筆を動かしても、「はね」ができるとは限らないのです。
さて、毛筆の場合の「はね」の形状を作るための運動の仕方については、どうぞ身近な先生から教えてもらって下さい。そのうち、このページからも動画で見られるようにしたいと思いますが!
右図の「長・養」のはねについて、どちらがかっこいいと思いますか? そうですね。ほとんどの人が、左が良いと思うことでしょう。にも関わらず、調査してみると(未発表)右のような感じで書いている人が案外多いのです。試しに、普段何気なく書いている自分の字を見てみて欲しいと思います。
この部分を歴史的な文字から見てみましょう。いずれも、上に跳ね上げるというよりも、横に引っ張ったような形状で書いていることがわかります。楷書よりさらに古い正書体である隷書ではどうでしょうか。ほとんど、真横に画をつくり、最後の部分が「はね」になっている程度のようです。特に「養」の下の隷書の場合は、はねというより横画といっても良いかも知れません。「長」の方は、篆書までさかのぼってみました。完全に横方向へ引いているといっても良いでしょう。
また行書の場合は、次の画へ連続している感じになっています。このことは次のように説明できるでしょう。おそらく、正式な書体としては、もともと横への画として書いていたものが、ある程度速く書く必要が生じた際に、次の画への連続のために斜め上へ抜くような書き方をした、これが書体として完成し行書として成立した考えられます。そして、その形状が正式書体である楷書(古くは隷書)にも影響を与え、このような形状になったのではないでしょうか。このように考えれば、そもそも美的にも横方向へ書いた方が整いやすかったのかも知れません。
運動について具体的に見てもらうことはできませんでしたが、形状を表すことばは一つでも、その形状が一つではないこと、形状を表すことばをそのまま運動(手の動きなど)に当てはめてはいけないことなど、おわかりいただけたでしょうか。
(1997.06.20)
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