筆のおろし方-全部おろすか2/3おろすか- Date: 2006-09-22 (Fri) 
 筆のおろし方についての質問がありました。ずいぶん前になりますが、

     筆は、全部おろした方が良いという先生と、2/3くらいおろした方が良い
    という先生とおられるのですが、どちらが良いのでしょうか?

というご質問に答えを書いたことがあります。そもそも、毛筆を扱う授業の最初には、このことについて毎回触れていたりするわけです。

 小中学生が普通に使うような、半紙に1字〜6字を書くくらいの普通の筆について書きましょう。ただし、例外がありますので、注意が必要です。そのことは後で説明します。

 私は、大学生に対しては、「全部おろす」ことを薦めています。(ちなみに下の写真の右側2本が、授業で薦めている筆で、本学の売店で購入できます。右から2番目が初心者用で、筆が勝手にそれらしき線を作ってくれるような特徴があります。1番右が、少し経験がある人用で、多少表現・個性を出すのに適しています。大学名が入っていますので、来学のおみやげにいかがでしょう? 売れても私が儲かるわけではありませんが^^;;)


 なぜ「全部おろす」ことを薦めるのか、その理由は次の2点からなります。

    ・全部おろして手入れすることで、長持ちする。
    ・筆の持っている性能をより生かすことができる。


 なぜ長持ちするのか。すべておろさない場合は、おりたところとおりていないところの境目に墨が固まって、そこから傷むことがあります。変な癖がついたり、すり切れたりしがちです。一方全部おろして、使うたびに根本を中心に水洗いすることでこれを防ぐことができます。ただし、根本に墨が残らないように(先の方の洗い方がいい加減であっても)洗うことと、使用後にいったん乾燥させることが重要です。

 次に、筆の性能について考えます。たとえばボールペンなら、紙に接触するボールと、インクをためておくパイプとがあります。万年筆でも、ペン先とインクが入っているカートリッジなどがあります。ところが筆という筆記具は、紙に接触するのは毛であり、墨をためておくのタンクも毛ということになります。まあ、原始的ともいえそうですが、良くできた筆記具ともいえるでしょう。そう考えると、
    ・全部おろした方が、タンクが大きくなる!
    ・全部おろした方が、
        (先の方を使って)細い線を引いたり、
        (全体を使って) 太い線を引いたり、と
     線の太さの表現が幅広くなる!

というメリットがあることがわかります。もちろん、あんまり根本までを使ってしまうと、タンクがなくなりますから、あっという間に墨がなくなってしまいますので、ほどほどにということはあるでしょう。ただ、一本の筆記具で多用な太さの線を引くことができることは、筆という筆記具のもつ表現力として最も特徴的なところだろうと思います。

 このように話すと、(筆が傷むのが惜しいからかな?)大学生の皆さんも、筆を全部おろして使ってくれます。しかし、おそるおそるではあります。なぜか? 線を細くしたり、太くしたり出来るということは、技能が伴わないと書いている人の意志に反して太すぎたり細すぎたりしてしまうということになります。概して、太すぎになってしまうようです。
 太さの調整は、筆先の形状の維持と筆圧の調整によると考えられます。これも大学生の場合は、ほとんどの学生が少しの練習(先に推奨している筆ならば2時間くらい)で、そこそこに調整できるようになります。(簡易的な説明ですが、ここをクリックして動画をご覧下さい。)
 しかし、それが難しい小学生の場合はどうでしょうか? 最初から、「これ以上太い線は引かなくても良い」というところまでおろしておくことで、筆圧の調整がうまくいかなくても、それ以上太くならないようにすることもできる! ということなのです。これが、たいていの場合2/3くらいおろしたところということになるでしょう。

 全部おろした方が良いという先生と、2/3くらいおろした方が良いいう先生とがいる理由について、わかっていただけたでしょうか。なお、筆をおろす際には、糊がついていますので、可能な限り、硯でおろすのではなく流しなどでおろすことをお薦めします。硯でおろすと、墨が糊でドロドロになってしまいますから!

 さて、ここまでで読むのをやめず、以下の注意も必ずお読み下さい。
 1点目:半紙に1字〜6字を書くくらいの筆と、名前を書いたりするいわゆる小筆・細筆では扱い方が違います。ごく普通の小筆の場合は、たいがい1/3〜2/3くらいをおろして使うような設計になっているはずです。その場合は、上記の説明は当てはまりません。使用後も水洗いせず、反古紙を水にしめらせ、その上を(筆を寝かせて)穂先を滑らせるようにして、墨を吸い取らせるとよいでしょう。
 2点目:筆の扱い方については、流派などにより見解が一致していない部分もあるということです。もし塾などで先生について学習している人は、その先生にうかがうことをお勧めします。
 3点目:作品制作用などの筆については、一般論が当てはまらないこともあります。小筆と同じように、全部おろさないことを前提とした設計をしている筆もあるからです。(筆職人の意図として、全部おろした方が望ましいが、途中までおろしても使える筆。途中までおろす方が望ましいが、全部おろしても使える筆。というのが多いといえかも知れません。今度、筆屋さんに聞いてみましょう!)作品制作用など、そこそこの値段のする筆を購入する場合は、専門の店から購入し、扱い方がわからなければ、店の人から説明を聞いておくと良いと思います。

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