ようやく「えんぴつで、、」 Date: 2006-08-17 (Thu) 
 『えんぴつで奥の細道』が出版されて約半年、相変わらず売れ続けているようです。たとえば、読売新聞の記事、
    「えんぴつでなぞる「奥の細道」、なぜか若者に人気」
     http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060816i406.htm
もその一つです。

 この現象について「どう思いますか?」という主旨のe-mailをいただきました。ちなみに上記の記事において、日本語の大御所の北原保雄氏は、「読書よりテレビという時代に、読むより手間がかかる書くことに関心が集まるのは驚き」としています。私の思いは、「ようやく!」といったところです。

  『えんぴつで奥の細道』が出版されたのが、2006年1月です。一方、『声に出して読みたい日本語』が出版されたのは、2001年9月。その間、約5年かかっています。ちなみに、<身体性>についての論考は、そのかなり以前にでています。(いつだ?) いわゆるニューメディアの発達・普及の過程において、欠落していく<身体>の不安はかなり以前から述べられています。

 言語のコミュニケーションにおいては、音声言語によるものと、文字言語によるものとがあります。欧米のコミュニケーション論においては、音声言語を伴うコミュニケーション、ノンバーバルな部分も含んで、、、にばかり注目が注目されました。そのため、日本においても、この領域において文字言語の問題を扱ったものは、ほとんどないといってよい状態だと思います。(この点については、これまでも書いてきましたので、このくらいにします。)

 言語における身体性についても、同様の構造があるのではないかと推測しています。人前で話すのは緊張します。顔を見せ、体やその動きを見せ、私の声が相手に届いていきます。電話も緊張します。相手がどんな状態かわからないという不安もありますが、やはり自分の生身の声が届くというのは緊張するものです。緊張とまではいかなくても、恥ずかしいという感情がおきることもあるでしょう。一方、e-mailではそういった緊張感や恥ずかしさが、極めて低くなることは詳しく述べるまでもないでしょう。
 ここには、身体性の欠落という問題と、音声言語と文字言語という問題の二つが存在します。この間に、身体性を伴った文字言語をきちんと位置づけて考えておく必要があると思います。手書きの手紙などで、自分の字が恥ずかしいと感じること、これも身体性の一つのあらわれとはいえないでしょうか。電話が身体性の欠落を防いでいるのと対照的に、e-mailは身体性の欠落の方向を強く持っています。

 コミュニケーションに関わらず、私たちは身体を通して、感じているはずです。その意味では、音声言語のみならず、文字言語における身体性も十分あり得るはずなのです。声に出して(文学等を)感じることがあるなら、手で書いて感じることがあってよいはずです。朗読や朗読劇のように声に出して表現することがあるなら、手で書いて表現することがあってよいはずです。その声にメロディが伴って歌が表現されるとすれば、文字に様々な要素が伴って書(書道)の表現になっても良いはずです。

 このように音声と文字とが並列で考えられるべきところ、文字については十分に検討されずに来ました。欧米の研究構造の影響かも知れません。だとすれば、この点についてきちんと検討しておくことが、漢字文化圏の文化の中で育った私たちのオリジナリティともいえそうです。逆に、今、私たちがこのことをきちんと考えておかないと大切な文化が、世界中から消えていきかねないのです。

 音声言語と身体性に着目した本が流行してから、文字言語と身体性に関する本が流行するまで5年、、時間がかかりましたが、ようやく気付いてもらえたといったところでしょうか。(ならおまえが出版すれば良かったのでは、、という意見もあろうと思いますが。)

 字のうまい下手ばかりに気を取られていませんか? 手書きの文字には、あなた自身の体とその動きがあります。感じ方も、伝わり方も、身体を伴わない文字とは異なっていることの重要性にそろそろ気付いてほしいと思います。また、そろそろ次の学習指導要領の噂が聞かれる頃ですが、国語に関わる先生方にそのことを意識していただきたいと思います。(百も承知だという答えが返ってきそうですし、それなら良いのですが。何せ5年も遅れをとると、心配になります。)

 もう少し考えてみたい方は、どうか以下をクリックしてご覧いただきたく思います。

 ・押木, これからの書写書道教育学:内容論・教材論の立場から, 書写書道教育研究 別冊・創立20周年記念号, 2006.03
 ・押木, 確かな学力の育成を目指した指導の工夫・改善(書道), 中等教育資料 829号, 2005.06


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