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デジタルノートの意識化、紙はぜいたく |
Date: 2025-12-09 (Tue) |
ある方と、身体性や紙とデジタルに関してやりとりをしました。私が書いた部分だけ、以下に記録しておこうと思います。つながりがないので、何だかわからないかも知れませんが、お許しください。
私は、デジタル教科書への取り組みがこんなに取りざたされるのに対し、デジタルノートへの意識がなされていないことが気になります。教室では、子供たちがタブレットにキーボードを表示して打ち込んだり、指で書き込みしたりして、それを教師がスクリーン・ディスプレイに表示したりしています。教科書はデジタル化によって、インタラクティブ・双方向的な特徴を持ち得たともいえますが、基本的には学習者側からはパッシブな教材ではないでしょうか。一方、ノートは学習者にとってアクティブに用いていくべきツールです。後者をデジタル化しないでいて、良いのだろうかという疑問です。
次に、紙を使うかデジタルツールを使うかです。確かに紙を使うのはぜいたくだと思います。机全体がデジタイザのようになって、PDFで資料を表示して見やすい位置に動かすようなイメージで、さらに重ねた資料も厚みや上下の感覚をもって表示できるようになれば、ある部分は改善されるかも知れないと思います。ただ、テクスチャ性などの部分、さらにはものとしてあるかどうかといったところは、なかなか難しいのではないかと思います。
もう一つ、世間ではデジタル←→手書きみたいな捉え方をする場合がありますが、いったんデジタル←→アナログ、手書き←→キーボード/フリック入力・フォント出力で考えたいと思います。デジタルでも手書き、紙にプリントアウトもきちんと意識する必要があると思うのです。
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