内容を中心とした考え方(内容中心型の教材観)

-「手本を学ぶ」から「手本で学ぶ」へ-

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 さて、ここまでで、書写にも学習すべき内容があることはわかってもらえただろうと思います。あと、問題提起したこととしては、 という点に対処しなければなりません。これらに答えるために、私は次のことが大事なのではないかと考えています。

・その時目標を達成できなくても、いつか役に立つ力であること  
  ←理解という部分も忘れないこと
    (「わかった!」のある書写の授業へ)

・子どもたちの字からスタートする指導であること
  ←「手本学ぶ」
       から
   「手本学ぶ」へ

・基礎基本としての合理性・汎用性の重視

 これらについて、うまく説明できるかどうかわかりませんが、お話ししてみることにしますね。


手本中心から内容中心の考え方へ

 書写の字形学習の例として、「三」という字でどのようなことが学習できるのか考えてみましょう。ちょっと手を動かしつつ、説明を続けたいと思います。
 まず、ノートに3cmくらいの正方形を書き、小学生になったつもりで、漢数字の「三」という字を書いてみて下さい。よろしいですか。
 もちろん、「三」を書く中で筆記具の持ち方ですとか、筆順、たとえば上から下へということ、また用筆について学習することもできるでしょう。ここでは、それらの中から字形に絞って考えてみることにします。次の図を見てください。

 「三」はとても簡単な字ですが、字形の学習要素の内、4つの項目があることがわかりますね。先に見てもらった長さのほか、横画間の間隔、各横画の角度・方向、そり方に関する直曲という要素です。大学生の皆さんなら、当たり前のように把握し記憶できるでしょうが、小学生特に低学年の子どもたちには、すべての要素を把握しすべてに気をつけて書くということは難しいことかも知れません。

 まず、ここで押さえておいてほしいことは、「三」という字をうまく書ける子どもたちを育てるのではなく「三」という字を使って、他の字もうまく書ける子どもたちを育てようということ、そのためには、学習内容という視点で考えなければならないということです。

 たとえば、このような「三」という字が書けることを最終目標にするのではなく、文字について、「間隔はだいたい等しく」「横画は少し右上がりで、同じ角度」といったことを理解し、この「三」という字にも、他の字にも生かせる方が良いのではないかということです。横画が3本ある字として、「青」「王」という字にも生かせます。もちろん、発達段階によって、そっくり書く活動が有効なこともありますが。

 このことが、先にお話しした「手本を学ぶ」か「手本で学ぶ」かという問題になります。

※補足

 ここで少し補足をしておきたいと思います。アンケートなどで、自分の字について質問したとき、その答えは「下手」よりにかなり分布することをお話ししました。理由として、謙虚さがでているなどの他に、いわゆる「上手な字」というのは、<お手本のような字>だというイメージがあるからではないかと推測しました。
 すべての人がいわゆるお手本のような字が書けるようになるということは、ある意味で個性をなくす方向性といえるかも知れません。現在、国語科書写は、学習指導要領において「言語事項」に位置づけられています。以前は、「表現」という領域に位置づけられていました。このことの賛否はありましょうが、私は積極的な表現というよりも、日常生活において文字を書くという基礎的な能力の充実が先であろうと思います。しかし、その基礎的な能力の育成において、必要以上に個性を奪う必要もないと思うのです。この、社会に通用する記号としての文字、そのどのあたりまでを個性として良いのか、このことはまた別の機会に考えることとして、次の内容に進みます。


評価・添削という点からの補足

 どうでしょうか。まだぴんとこないかも知れませんね。評価・添削という点から、考えてみましょう。短時間でお話しする必要から、少々極端な例でお許し下さい。

 たとえば、小学校で教えているとして、子どもたちの字を添削する必要があったとします。仮に、ある子どもが、次のような字を提出もしくは持ってきました。どうしますか。仮に毛筆で書かれたものであったとしたら、朱墨で直すかも知れませんね。

 図の左側のように直してあげたとしたらどうでしょうか? もしかしたら、これを受け取った子どもは、自分の字は書き始めの一点しか、良くないのかも知れないと思ってしまうかも知れませんよ。また先生のきれいな線に見とれて、こんな線が書きたいと思うかも知れませんね。これが良い方向にいってくれたら良いのですが、逆に子どもが自信を失う、自分の字はどうせこんなもんだ、、といった方向にいってしまったら、あまりに悲しいことです。

 一方、図の右のパターンはどうでしょうか。「三」で学習できる内容は、4点ありました。学習内容という視点で見たとき、この例は、4点のうち3点までそこそこできています。学年にもよりますが、3つは○をつけてあげて良いのではないでしょうか。そして、「少し右上がり」という点のみ気をつけるように指示したらどうでしょう。これなら、子ども自身が良いところと直すべきところが把握できるのではないかと思うのです。もちろん、実際にはこんなにうまくいかないでしょうが、考え方として忘れないでほしいのです。



気づく・理解するということ

 次に、皆さん自身が書いた「三」と私の書いた「三」とをくらべてみて下さい。

 私は、真ん中の横画が上の横画に等しい、もしくは真ん中の横画が上の横画より短い、というパターンで書きました。このいずれのパターンも整って見えますね。もちろん、どちらも正しい字です。皆さんは自分自身の書いた文字と、私の書いた文字を比較しました。そのことが、書写の学習としてどのような意味を持つのでしょうか。
 まず自身の字を見て、比較したりして、気付くということが大切であると考えて下さい。


汎用性と容易な理解ということ

 「三」という字の横画の長さについて比較してもらいましたが、もしこの知識が「三」だけでなく、他の多くの文字に応用できればそれに越したことはありません。そこに、学習内容重視のメリットがあると考えられます。

 たとえば、先ほどから私は二つのタイプの「三」という字を書いてきました。一つは、真ん中の横画が短いタイプ、一つは、上二本の横画の長さが等しいタイプです。この二つのタイプを見て、どちらが望ましいと感じますか? また先ほど自分で書いてみた「三」という字を見たとき、どちらのタイプで書いているでしょうか?

 実はこのどちらで書いても全く問題はありません。どちらも「正しい」字です。ただし、書写指導上どちらがより「望ましい」かという点では、少し考えてみる必要があるのです。どちらであっても、読みやすく書けていれば、多少個性があってもよいでしょう。では、覚えやすさ=学習しやすさという点ではどうでしょうか
 試しに「書」という字を書いてみて下さい。「三」は非常に単純な構造の字ですし、おそらく「三」という字の横画のバランスが、難しい、整えにくいとは感じないのではないでしょうか。それに対して、「書」という字はたくさん横画がありますね。そして、このたくさんの横画の長さのバランスについて、自信があるでしょうか?

   「書」という字も、私は二つのタイプを用意しました。ひとつは、それぞれの横画の長さが違うタイプ、ひとつは、横画の長さを統一して一画のみ強調したタイプです。どうでしょう、気がつきましたか? 「三」という字であれば真ん中の横画短く書くタイプ、「書」という字であればすべての横画の長さを変えてバランスを取るタイプ、これらはその字その字で、学習する内容が違ってしまいます
 それに対して、基本的に横画の長さをそろえるという学習はそれ自体、概念として簡単です。さらに、おおよその長さをそろえて一画のみを強調するという学習内容は、複数の横画がある文字のほとんどに応用することが可能ですよね。これを、長さの統一と一画強調といいます。

 このようにその字を学習するのではなく、多くの文字について使える知識を学習し、応用させて練習することが書写指導において重視されるべきだと思います。それが一点目の汎用性ということです。

 もちろん、バランス感覚に優れた人であれば、すべての横画の長さを変えつつ整った読みやすい字を書くことが可能でしょう。しかし、ごく一般の人、特に小学生にとってこれだけたくさんの横画のバランスを整えるのは容易ではないはずです。とすれば、私たちはかえって難しいバランスを子どもたちに要求する必要もないと考えられますね。私は、まず最初に基本的なことを学習してもらい、その上でバランス感覚に優れた子供であればそれ以上のことも学習しても良い、もしくは基本的なことを学習する上でもバランス感覚に優れた子供が十分に整った字を実現していれば、それより基本的な内容を押しつける必要はないと思うのです。まず、簡単にできることから初めて自信を持ってもらうということを優先させたいのです。それが二点目の「容易に理解できる基本的内容を」ということになります。