最終縦画は、止めるべきか払うべきか?

〜「耳 車 十 千 川 早 草 中 年」の縦画の指導〜

2003.12.06

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>  「川」という字の三画目は、はらう(のばす)のか、とめるのか?
>  このような問題は、川だけでなく、十、草、早、年、車などたくさんあって、
> どう指導したものかと思っているところです。

 というご質問をいただきました。小学校の先生からのご質問ですが、一般的な問題として、Webに載せさせていただくことにいたします。また、ご質問を下さった先生は、よく考えた上でのご質問であり、参考になるものと思いますので、個人の特定ができない範囲でいただいたご質問を本文章中に使わせていただきました。感謝申しあげます。

 なお、この部分について、「止め」は問題ないかと思いますが、「はらい」「ぬき」「のばす」といった表現と実態があろうかと思いますが、本稿では後者を一括して「払い」として表現しておきます。その詳細な部分については、本稿では取り扱いません。



一般的な字体と字形の問題について

 まず、一般的に、字体と字形の問題について検討する際には、以下が必要だと思います。

 問題点を、

とに分けて考える必要があると思います。

 それぞれについて、

を検討する必要があるかも知れません。


「耳 車 十 千 川 早 草 中 年」の縦画


字体(字形)の基準

 社会生活における字体の基準は「常用漢字表」に示されている字体であり、学校教育における字体の基準は「学年別漢字配当表」(小学校学習指導要領)に示されている字体(字形)であるこをご存じの方も多いでしょう。

 まず、「常用漢字表」は明朝体の一種を用いて字体を示していますが、かなり目を凝らして見ても、縦画については、はねとそれ以外の区別はできても、止めと払いの区別はできそうにありません

 次に、「漢字の指導においては、学年別漢字配当表に示す漢字の字体を標準とすること」という小学校学習指導要領にしたがって、学年別漢字配当表を確認したものが、右の図です。
 たとえば、「下」は止めだと確認できそうですし、「町」のはねは明らかです。
 ところが、本稿で問題としている「耳 車 十 千 川 早 草 中 年」の縦画については、その判断が難しいように思います。個人的に主観的に見れば、「中」は払いらしい感じがしますし、「耳」は止まっているような感じがするものの、他は払ってもいないし止めてもいないという印象です。
 少なくとも、何かの理論で使い分けをしているような感じがありません



字体(字形)の規準

>  先生のページを見て、「許容」ということがあるのを知りました。川の三画目のよ
> うな問題は、常用漢字表の「筆写の楷書では、いろいろな書き方があるもの」には、
> 登場していないようですが・・・。

 そのとおりでして、規準としては「常用漢字表」の「(付)字体についての解説」を参照すれば良いということをご存じの方も多いかと思います。
 ところが、この先生がご指摘のように、この部分に関する記述はありません。(「とめるか,はらうかに関する例」というのがありますが、左払いの例しかありません。また、「とめるか,ぬくかに関する例」というのもありますが、これは横画の例しかありません。)

 何も書かれていないことを、どのように解釈すべきでしょうか。一つには、「常用漢字表」で字体を示すのに用いている「明朝体活字のうちの一種」において、該当部分について「止め」と「払い」とで表現に差がないためという推測ができます。
 そして、重要な「手書き」の場合に関しては、「常用漢字表」「(付)字体についての解説」では「筆写の楷書」という表現になりますが、まったく問題にならない部分であると解釈したいと思いますが、いかがなものでしょうか?


誤読・誤認識の可能性

 一応、その意味についても考えておきたいと思います。

 たとえば、「てへん」や「きへん」の縦画が、はねであったり止めであったりするのは、認識の問題が大きいのではないかと推測されます。
 一方で、「耳 車 十 千 川 早 草 中 年」の縦画が、止めであっても、払いであっても、誤読の危険性は極めて低いように、私は思います。


書きやすさについて

 すでにお気づきの方も多いかと思いますが、いえ、それを知った上でこのページを読み始めた方も多いと思いますが、「耳 車 十 千 川 早 草 中 年」は共通点があります。

 2003年現在において、小学校1年生で学習する漢字であることが共通します。そして、該当する部分は、いずれも縦画です。もちろん、小学校1年生で学習する漢字にはもっと多くの字種に縦画が使われています。重要な点は、これらの縦画が筆順上(少なくとも『筆順指導の手びき』の筆順において)その文字の最終画であることです。

 そうです、もうご推測のとおり、縦書きした際に次の字へつながっていく箇所なのですね。縦書きした際、連綿(文字と文字とを実線でつなげて書く)するしないに関わらず、いちいち止めることなく、抜いてしまえば(形状としては払い)速く書けるはずです。
 しかし、横書きした際には、右上へ動きますのでこの部分を、抜いてしまっても(形状としては払いでも)書きやすさにはつながらないか、かえって余計な運動をしてしまうことになりそうです。

 そのことから考えますと、社会的に見た場合、次のような使い分けをすると効果的な書字となることが、推測できるでしょう。

 もちろん、覚える/書き分けることを学習する労力との関係で、統一してしまった方が良いかも知れません。伝統と日本の文化という点では「払い」、学校での学習活動や社会での状況において横書きが多いという点からは「止め」かも知れませんね。


学習指導上の問題

 さて、実はこの問題は、社会生活上の問題としては上記のように比較的かんたんな話になります。ところが、小学校の先生にとっては、困った問題であることも事実です。

 小学校低学年の段階ですと、これもこれも正しい、どちらでもよい、どちらでも良いから自分の好きにしなさい、、といった指示が非常に難しく、混乱する子どもがいるということも事実のようです。そのため、両方正しくとも、一方を正しいものとして指導せざるを得ない場合もあります。

 では、教科書はどうなっているでしょうか。メールをいただいた先生は、このように書いて下さっています。

>  教科書(A社)の教科書体の活字は、はらっているように見えます。副教材の
> 練習帳の実際に書いたような字の見本ではとめているように見えます。
> (明確に「とめる」とは書いてありませんが、実際はとめています)

 そうなのです。どちらでも良いという、大人の判断力で書かれている場合もあるようなのです。ちなみに、2003年現在において使用されている3社の小学校1年生用書写教科書の例をあげてみます。

 左が先に紹介したA社です。参考に毛筆風の文字も併用されておりわかりやすくなっています。そして、巻末漢字表も含め、該当箇所は「払い」に統一されていて、伝統的な書きやすさを重視していることがわかります。(教材の練習帳については未確認です。もし違っているとすれば、残念です。)
 中は、B社としておきましょう。こちらの場合は、学年別漢字配当表の字が曖昧なのと同じで、どちらとも取れるような書き方がなされています。指導する先生によって、どちらにもできるかわりに、先生の判断力が必要になりそうです。
 右は、C社としておきましょう。こちらは、「止め」であることが表記され、「止め」に統一されています。きちんとした印象の書字もしくは横書きを意識した内容であることが、わかります。

 さてさて、この3社、実は採択数の多い3社なのです。それが、このように違っているというのは、何を重視すべきかという点が、書写教育においてまだ揺れているからに他なりません。現場の先生方にとっては「困ったもんだ、、」でしょうか? それとも、「このように教科書が選べる状況が幸せだ」ということになるでしょうか? (筆者がどの教科書会社に関係しているのかという質問は、却下^^;; 何なら、調べてみてください。)

 ここから先は、客観的な見方ではなく、今現在の私の個人的な考えとしてご理解下さい。
 止めであっても払いであっても、文字の認識上に違いはないと思います。社会生活においても、学校での教育活動においても横書きが多いという状況があると思います。それに加えて、小学校1年生の手指の技能と、そして指(筆記具)を自由に動かせる範囲という点からも、文字の下部において筆記具を水平方向では下に動かしつつ、垂直方向で上げる動きというのは、かなり難しいものがあると推測されます。もちろん、縦書きの書きやすさという伝統とも関係する点を無視して良いとは思いませんが、このような理由から、「止め」としての指導が良いのではないかという印象を持っています。すみませんが、印象のレベルです。

 縦書きの書きやすさという点については、学年が上がってから、「書きやすく」書くという学習とともにおこなうと効果的ではないかと思っています。「正しさ」「読みやすさ」という点は、現在の小学校教育でもかなり重視されていると思います。一方、「書きやすさ」という意識は、未だに低いように思います。扁から旁への連続しやすい書き方などの問題や、学年によっては「許容」の学習とともに、おこなってはどうかと思っています。このあたりについては、小学校の先生方のご意見をぜひともおうかがいしたいところです。

 以上、お答えになったかならなかったかという文章ですが、多少は参考になりましたでしょうか?