疲れにくい筆記具と持ち方を直す用具

2003.05.03 押木秀樹


  1. はじめに〜本稿の趣旨〜
  2.  以前より、一般の方からの質問の上位は「文字を書く際に疲れやすいのだが、どうしたらよいか?」といった類のものでした。2002年の学会口頭発表および論文「望ましい筆記具の持ち方とその合理性および検証方法について」は、これらに応える意味もあって、研究・執筆されました。

     しかし上記の論文等は、持ち方の調査研究・実験的研究や、教育実践研究の基礎として書かれたものです。確かにこれでは、一般の方の質問に答えているとは言えません。その証拠に、逆にこの口頭発表OHPをWebに載せてからの方が、この関係の質問が増えている感じがします。

     これまでいただいた質問の返事にはかなり共通する部分あり、本稿はその部分を簡単にまとめ修正したものです。論文と異なり、経験的な記述も多いと思いますが、その点はお許し下さい。

     なお、本稿を引用もしくは参照して論文等を書かれる場合は、リファレンスに筆者・題名・URLを明記していただきたく、お願いいたします。また何らかの企画でご利用の際は、本Webページもしくはhttp://www.shosha.kokugo.juen.ac.jp/を明示して下さい。

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  3. 持ち方の特徴の整理
  4.  疲れやすい場合の確認すべき点は、二つに分けて考えると良いと思います。一つは筆記具の上部が手に接する位置であり、他方は、筆記具の先端部の指の接し方です。実は、この二点は関係していますので本来分けないべきであろうと考えますが、話としては分けておきましょう。分けられない理由は、論文をご覧下さい。

    1. 筆記具の上部が手に接する位置
    2.  一つ目のポイントは、筆記具の上部が手に接する位置で、筆記具の角度を維持する方法と関係します。
       この位置によっては、筆記具に適した角度を維持するために、人さし指や親指に必要以上の力が入ってしまい、疲れやすくなると考えられます。

    3. 筆記具の先端部の指の接し方
    4.  二つ目のポイントは、先端部の指の接し方で、筆記具のコントロールと筆圧にも関係します。
       3方向から、ほぼ120度間隔で接することになるわけですが、この角度のバランスが崩れた場合、問題が発生すると予想されます。一つには、コントロールに問題が生ずることから、妙な個性を持った字形ができあがるということが考えられます。また、下方から支持に問題があると、筆圧調整がうまく行かず、疲労にも関係する可能性があります。

     持ち方を直す器具にしても、疲れにくいとされている筆記具についても、この2点についてどのような配慮がなされているかという視点で見ると、わかりやすいと思います。

  5. 持ち方を直す用具
  6.  持ち方を直す用具として、いくつか市販されています。これらがどのように機能するのでしょうか。

    1. 筆記具の上部が手に接する位置を変える
    2.  先の図において、中の緑の用具と、輪ゴムは、筆記具の上部が手に接する位置を変えるためのものです。人さし指や親指に必要以上の力が入ってしまう人は、その改善が期待できると思います。なお、この緑の用具の代わりにクリップなどを用いると良いという話も聞きますが、私個人としては輪ゴムの方が安定して使いやすいのではないかと考えています。

       なお、この用具を用いた場合は、筆記具先端部と親指、同と人さし指の関係について留意することにより、徐々にこれら用具を用いなくても書けるようになるはずです。具体的には、親指の方が人さし指より、先端部から離れるということになります。

    3. 筆記具の先端部の指の接し方を変える
    4.  先の図において、右側の3角形の鉛筆と、3角形になるキャップは、筆記具の先端部の接し方を変える用具です。120度ずつの角度で持たないと、非常に書きにくいため、だんだんと接する位置が良くなってくるでしょう。

       ただし、注意事項が二つあります。

       一つは、これらを使った場合、筆記具の回転が通常より大きめになります。そのため、鉛筆など筆記具の先端部が変化し、回転させることによって書きやすさを維持する筆記具での使用は、十分に留意すべきです。

       二つ目は、次のような持ち方で、先端部の位置が異なる場合、別の問題が接し方が悪い原因になっていることもあり得ます。
       先端部の位置を変えると非常に持ちにくい場合は、他の特徴をチェックしてからの方が、良いかも知れません。たとえば、角度の維持の仕方をチェックし、場合によってはそちらを直してからの方が良いこともあり得ます。


    5. 両方を変える
    6. これら両方を一気に変えてしまおうという発想の器具が、先の図の左側の一連の商品群です。

       これらの注意事項としては、いわゆる「正しい持ち方」をしている人でも、これらを使うと書きにくくなることがあるという事実です。これらは、人によって、違和感を感じてしまう危険もあります。その場合は、先にあげた用具で、それぞれ直した方がよいかもしれませんね。
       また、先に述べたように、回転を必要とする筆記具では基本的に使えないものが多いです。ボールペンやフェルトペンなどで用いるべき器具だと思います。


    7. 書きやすいとされる筆記具
    8.  さて、疲れににくい・書きやすいとされる筆記具、もしくはそれらしい工夫がされている筆記具に話を移します。「書いていて疲れるので、筆記具を変えてみているが、かえって書きにくく感じられる。なぜでしょう?」といった質問も寄せられます。一般的に考えられることについて書くことにしましょう。

       筆記具は、見た目にわからなくても、重心や太さなどにもの工夫がされているようです。これらの点については、購入時などに試し書きされると良いのではないかと思います。

       一方、明らかに見た目でわかる点として、次の二つがあげられます。そうです。先程から述べていると「筆記具の先端部の指の接する部分の工夫」と「筆記具の上部が手に接する部分の工夫」です。

      1. 先端部の指が接する部分の形状
      2.  下の写真は、たまたま私が持っている筆記具のうち、先端部に近い指が接する位置の形状が異なるものです。3つに分けてある趣旨は、写真からわかるでしょうか?

         先端部に近い、指が接する位置の形状は、

        • 中がすぼまる形状
        • ストレート
        • 中がふくらむ形状
        とに分けられるようです。

         まず、下の4枚の写真を見てください。

         右側2枚が、いわゆる正しい持ち方とされるもので、左側2枚はpincer gripといわれる持ち方です。
         次に上の2枚は「中がすぼまる形状」であり、下の2枚は「中がふくらむ形状」です。

         左の持ち方の場合、指先の角度の問題から、筆記具との接触面積が(いずれにしても)少な目である傾向にあります。同じ握圧をかけた場合、設置面積からして強く力がかかってしまうことになります。

         上の「中がすぼまる形状」の場合、(手の大きさによりますが)基本的には、pincer gripにおいて、設置面積を増やす目的を持っていると推測されます。
         ところが、いわゆる正しい持ち方の場合、この「中がすぼまる形状」は設置面積を減少させる傾向があるはずです。もともと、設置面積が大きい傾向のある持ち方ですので、この形状でも書けないことはないと思いますが、効果としては逆になると思います。すなわち、下の「中がふくらむ形状」の方が、より安定すると考えられます。

         このように、持ち方によって、書きやすい筆記具の形状が異なることに気を付けるべきだと思います。(なぜ筆記具には、こういった注意書きがついていないのでしょうか?)

         次の写真群をみてください。白い筆記具は、ストレートで何種類かの持ち方と示しています。先の考察も含め、自分の持ち方においてどの形状が適するかわからない場合は、ストレートにしておくのが無難かも知れません。
         メリットもないかも知れませんが、逆に書きにくいということも起こりにくいはずです。私たちの筆記具の持ち方は、ストレートを使っているうちに(歴史的にも発達的にも)形成されてきた持ち方だから、、ともいえそうです。途中がふくらんだり、へこんだりしている箸を使っている人は、あまり見かけないのと同じだと思います。

         ちなみに、この写真に使った白い筆記具は、中空で弾力があります。設置面積を増す効果という点で、特殊な持ち方でも多少は楽になる可能性もあると推測されます。また圧を軽減する効果があるかも知れません。

         簡易的ではありますが、持ち方と筆記具の関係を青いラインで示しておきましたので、実際に試してみる際の参考にして下さい。

      3. 上部で手に接する部分の形状
      4.  次に、上部で手に接する部分の形状で、何本か筆記具を選んでみました。キャップのあるもの、ふくらんでいるもの、ふくらみとへこみを調整できるものなどがあります。

         たとえば、左の写真の場合、pincer gripでちょうど良い位置に接するふくらみが、いわゆる正しい持ち方では、ぶつかって書きにくく感じられます。
         このあたりも、自分の持ち方と筆記具の形状を考える必要があると思います。
         ちなみに、左の筆記具の場合は、持ち方にあわせて上部のふくらみ(とへこみ)を調整することができます。確かに、左右の持ち方ともに、違和感がありません。
         しかし、上部の安定は、下部に比べて重要度が低いためか、凝った筆記具は多くないようです。確かに、いずれの持ち方も、ストレートでさほど問題がないように感じられます。

         中段の写真のような筆記具は、実際に試してみて、自分自身の持ち方でとても楽に感じられる人は選択する、、といった程度が良いのかも知れませんね。また、持ち方を直す期間に用いても効果があるかも知れません。

      5. その他の特徴
      6.  その他の特徴の一つ目は、グリップの素材です。
         左の中空のものは、先に紹介したとおり。その他として、すべり止めの模様が入ったもの、コルクのもの、ギザギザになっているものなど、様々あるようです。

         これらについては、(中空のもののある機能を除けば)各個人の好みかなと思っています。持ち方や疲れやすさとの何からかの一般化ができそうなら、教えて下さい!


         こちらは、三角形になっているものです。先の、持ち方を直すための用具と同様に、シャープペンシルでは回転に問題がないことを確認して使うと良いと思います。

         なお、三角形のタイプに限らず、シャープペンシルでクリップが長めの場合、回転させにくいことがあるかも知れません。意識して使ってみると、この写真のように、クリップがぶつかってちょっと書きにくかったりするかも知れません。要チェックだと思います。



    9. まとめにかえて
    10.  たまに、具体的にどのメーカーの何という筆記具が良いかという質問をされる方も、いらっしゃいます。私は、そのような質問には、答えることができません。特定のメーカーの製品を薦める訳にもいかないという理由もありますが、やはり、一人一人持ち方によっても、適切な筆記具が異なる可能性があるからです。本稿において、その理由がわかっていただけると幸いです。

       本稿でも何種類かの筆記具を写真に使わせていただきました。筆記具メーカーの許可を得ているわけではありませんが、そのようなわけで、特定の筆記具の推薦や批判をしているわけではありませんので、ご了承いただきたくお願いいたします。一般の読者の皆様にも、この写真の筆記具を薦めている訳ではありませんので、ご承知おきいただきたく思います。

       本稿が、ご自身の筆記具選びや、持ち方を直す際の一つの視点として参考になりましたら、幸いです!