手書き文字を扱っているのは、なにも書写書道教育の担当者・研究者ばかりではない。このシンポジウムでは当初より、書写・書道関係者以外で手書き文字を扱う専門家から、手書き文字の将来に関する意見を聞くことにしようという意図をもって始まった。その結果、パネラーとして、国語教育の分野から小林一仁氏(茨城大学)、情報処理の分野から吉村ミツ氏(中部大学)、大脳生理学の立場から大沢一爽氏(元東京大学)、心理学の分野から海保博之氏(筑波大学)、マルチメディアの分野から高桑康雄氏(上智大学)の五氏の協力を得ることとなった。
司会者である久米公(学会理事長)氏の趣旨説明の後、小林氏の提言から始まった。小林氏は、国語の語句としての漢字について、識別性、社会・歴史性、正整性、審美・芸術性について説き、筆記具と文字の形の問題、硬筆のための毛筆という位置づけのことなどについて触れ、そして子どもたちの文字への評価の問題として、柔軟な指導の必要性を今後の方向性として締めくくった。
次に、情報処理の立場から吉村氏は、コンピュータに文字を認識させる技術の進歩と現状を踏まえ、コンピュータ時代における、手で書くことの必要性について言及した。具体的には、コンピュータへの手書き文字入力、場面に応じた使い分け、文字を覚える上での書くことの問題、署名のための筆記などをあげ、ローマ字表記学習の必要性他について触れてまとめした。
大沢氏は、最近マスコミでも取り上げられているカオス理論を手書き文字に用いた際の実験について、具体的な例をもって示した。実際にご覧いただけないことは残念であるが、会場のものたちは、カオス理論によって作り出される3D立体視像によって、筆順を興味深く見つめていた。
心理学者である海保氏は、人間が書こうとする意図を持ってから手で書くまでの認知過程を五段階で示し、そのなかからワープロ使用の問題を2点取り上げまとめとした。一点目は、ひらがなで表記すべきか漢字で書くべきかという選択に際した「規範感覚」が形成される前のワープロ使用は、問題をもつ可能性があるということ。二点目は、「空書行動」「書いて覚える」という人間の行動から、早期のワープロ使用の問題についてである。 最後に、高桑氏は、ワープロの普及は、文章作成上の困難や心理的抵抗の解決に役だったといえるが、それが「手で書くこと」をすべて置き換えるものではないとして、個性的な表現行為としての「書くこと」が新しいメディアの中にあり得ることを示唆した。
以上の提言の後、会場から多数の質問が寄せられ、提言者が答えるという形式のシンポジウムとなった。紙面では伝えきれない内容であり、個々の提言者からもっと話を聞きたいという意見が多数であった。
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