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香川県小学校教育研究会書写部夏期研修会講演要旨

なぜ?と問いかける文字と書写

 

1  本日の話について

 いわゆる「持ちネタ」ということばがありますが、私が講演をさせていただくさいにも、大きく分けて、二つの内容があります。一つは書写の一般的な指導方法に関するものですが、私がこちらでこの話をするよりも『これからの書写指導』をお読みいただく方が有意義だと思います。もう一つは、最近の手書き文字の研究成果についてです。こちらは、楽しく聞いていただけるかとは思いますが、「明日の書写の授業にすぐ役立つ」といったものではありません。本日は、この後者を生かして、「なぜ?」と問いかける書写指導という考え方でお話をしたいと思います。また、コンピュータの利用等についても多少触れられたらと思います。

 

2  私の立場―必要なとき生かせる力と書写学習の動機付け―

 まず始めに私の書写指導に対する立場・考え方と言ったものをお話しし、どうして「なぜ?」と問いかける書写指導なのかということをご理解いただきたいと思います。

 高校・大学の教師を経験しております。たとえば、大学生にアンケートをとりますと、ペン習字の授業を希望したりします。大学生が小学校のような書写指導を望むのはなぜでしょうか。一つには、繰り返し学習することで向上をめざしていく、らせん状カリキュラムの必然性とも思えます。しかし、実際には彼ら自身、自分たちの文字を整えて書く能力が十分ではないとようやく気付いたからだと思います。また、高校の教師として、就職の時期になってあわててペン習字を勉強する高校生を見ております。企業の人事担当者の中には、ワープロはすぐに覚えられるが、字をきれいにするのは時間がかかるといった考え方の人もいるわけです。

 このことから、書写の能力の重要性というのは、必要になってみないとわからないものなのだと思えてきます。これは児童生徒ばかりではなく、教師にもそのような現状があるように思えてなりません。あるところで、中学1年入学時の書写に対する意識を調べたことがありますが、「意味がない(好きな子がやればよい)」「読めれば良い」「書写は毛筆。シャーペンの字とは関係ない」といった意見も聞かれます。

 現場の先生方と本音でお話ししますと、「わかっているが、時間が足りない」という意見が中学校の先生方を中心に聞かれます。たしかに、書写は、理解は簡単でも、定着に時間がかかります。また、書塾の関係や本人の能力の問題から、早い子と遅いことがあり、すべての子が十分に書けるところまで時間をかけられないのはよくわかります。しかし、必要とする子どもたちはいるわけです。どうしたらよいのでしょうか。

 たとえば、「手本そっくりに書ける子」と「自分の字の欠点を理解して、直そうと努力する子」のどちらが望ましいでしょうか。先生方ならすぐお分かりだと思います。授業時間中に十分にかける力が養えなかったとしても、必要になったとき自分の力で学び直せる力を養っておけば、ある程度の向上は可能なのではないでしょうか。「必要なときになって、自分自身で学べる力」、それが自己教育力であり、「必要なときに生かせる学力」それが生きる力なのではないでしょうか。その意味から、私は「理解」するという部分も大切であり、なぜそうするのかという部分の重要性を感じます。

 別の面、書写学習の動機付けということからも考えてみましょう。子どもたちの書写学習の動機について私は、「美しく書きたいという欲求」「知的欲:「なぜ?」という気持ち」「必要場面の設定:擬似的な場面設定」の三点から考えております。美しく書きたいという気持ちは基本的には生来のものですし、掲示や手紙等を実際に書かせるという必要場面の設定をおこなう実践もおこなわれています。このような状況を踏まえ、私は「知的欲求:「なぜ?」という気持ち」の部分について、本日お話ししたいと思います。子どもたちがなぜ?という気持ちになってもらう前に、先生方ご自身にもなぜ?という気持ちになってみてもらえたらと思います。

 

3  具体例1−姿勢と筆記具の持ち方

 大学生の筆記具の持ち方を調査すると、いわゆる正しい持ち方をしている大学生は10パーセント程度です。さて、なぜ正しい持ち方でなければいけないのでしょうか? その理由として、「正しい持ち方をしている子の字はきれいだ。」という考え方があります。しかし、それは結果論かも知れません。また「筆記具の動きが大きくできる。」とも言われます。しかし、小さい字が書ければ十分という考え方もできます。

 試しに、正しくない持ち方で筆記具を持ってみて下さい。筆記具の先が見えるでしょうか。もちろん姿勢は正しい状態でです。正しくない持ち方では、筆記具の先が見えないのです。結果として、上体が左傾することになります。もしくは、ノートを傾けて書くことになりますが、この場合字も傾いていることが多いように感じます。

 上体が左傾するのが健康的ではないことは、当然だと思います。その際、「上体を左に傾けないようにしよう」というのは簡単です。また「字を傾けずに書け」というのも同様です。しかし、その原因を解決してあげなければ、直らないのではないでしょうか。筆記具の先を見ずに字を書くことは大変ですから。「これが正しい持ち方なのだ」というだけでは説得力がないでしょうし、教師も力がこもらないかと思います。

 「なぜ?」と問いかけることでわかってくることがあるというのはこういうことなのです。

4  具体例2−マンガ文字は何だったか?

 大学生でもマンガ文字を書く子は少なくなってきています。指導の成果と言えるかも知れません。少し過去の事例を振り返って、マンガ文字・丸文字になぜ?と問いかけをしてみましょう。

 これらの文字を書いていた学生らにその理由を尋ねると、「かわいいから」「おしゃれだから」という返事が返ってきます。「装飾化」だということがわかります。書き分けが出来る大学生は、意識的に装飾化が可能です。しかし、本人たちが意識していることだけが理由でしょうか。

 あるシンポジウムの懇親会で、米国人の筆跡学者から、「米国ではアルファベットが曲線化している。また日本では丸文字がはやっているという。その関係をどう考えるか?」と聞かれたことがあります。確かに両者に使われている曲線は似ています。また、私はこの曲線は漢簡・晋簡に使われている曲線に似ているように思われてなりません。小林比出代氏の報告によれば、米国では1960年頃からcursive writing を1年生で教えなくなり、日本では1958年から行書を小学校で教えなくなっているという共通点があります。丁寧に書くこともっぱらとした楷書を速書きすることによる曲線化という側面が感じられるように思います。また、出雲崎氏らの研究によれば、丸文字に限らず、教科書通りの「わ」を書くのは40%いないことが報告されています。単純化という面が見えるでしょう。

 また、ひらがなには「曲がり」「結び」がありますが、「の・は・す」などのカーブはそれぞれ違います。しかし、丸文字・マンガ文字では、これらを同じカーブで書いたものが多くみられました。これは、字形構成要素(運動)の淘汰と考えられます。なぜ、これらは同じカーブで書いてはいけないのでしょう? 同じカーブにした方が、統一性が取れ、学習も簡単で合理的なはずです。一つには、伝統に根ざした「美意識」の問題と考えられます。しかし、「似たようなカーブだと似たような字になり、読みにくくなる」という機能的な問題もあるはずです。このように、なぜ?と問いかけてみると考えると、美意識のみで片付けられていたことが、読みやすさ・書きやすさという機能と関わってることがわかります。「字は読めればよい」という意見の方にも納得してもらいやすいように思うのですが、いかがなものでしょう。

5  コンピュータ時代の書写指導について−インターネットと書写CAI

 「なぜ?」から「どうなるのか?」という話に映ります。まず、コンピュータは書写指導をどう変えるかということについて、少し私なりに考えてみることにします。

 ワープロ・パソコンの登場で、手書き文字の使用場面が減るという考え方があります。ちょっと前まではまったくその通りだったと思いますが、マルチメディアの登場で少し変わってきました。たとえばインターネットのWWWで、児童生徒の作品を展示することが出来ます。秋田県の竹村先生のページ(漢字仮名交じりの作品が楽しい)は、この分野の先駆けといって良いと思います。自分の書いたものを大勢の人に見てもらうことは、子供も大人もおなじくうれしいことではないでしょうか。実際、竹村先生と生徒さんのところには、当初海外からも感想が届いたりしたようです。ここで知っておいていただきたいのは、竹村先生をはじめとして、特別コンピュータにくわしい人がやっているわけではないということです。

 つぎに、書写CAIについてお話ししておきます。最近、書写のCAIはないのかという問い合わせがあります。書写とCAIはなじむものでしょうか。CAIは将来的に、人間が指導するような暖かみはないとはいえ、個に応じた指導の可能性を持つと考えています。また、できあがった字の形を決定するのは、書く際の動きです。教師は、毛筆で大きな字を書いている場合を除けば、子どもたちの筆記具の動きまでじっくり観察することはできません。その点コンピュータは、動きを把握できる可能性を持ちます。この意味でも、大変期待できるものです。

 まだ残念ながら、このような期待に添えるだけの機能をもったソフトウェアは開発されていませんが、教師を補助するといった意味ではさまざまなものが開発されています。具体的には、私のインターネットのページに紹介してありますのでご覧下さい。(添付資料) 研究段階のものとしては、香川大山崎先生の筆記速度によるCAI、中部大小森先生の動く画像を見ながら練習するもの、中部大吉村先生らの筆順と形をチェックするものなどがあげられます。市販品としては、ナゾラーという筆順CAI、ことばの世界の漢字の成り立ちなどがあげられます。

 ワープロ・パソコンは、手書き文字・書写・書道を減少させるものだとして毛嫌いすれば、逆風になるかも知れません。一方、積極的にこちらから使っていけば、大いに役立つものになってくると思います。どちらを選択する人が多いかによって未来は異なるように思います。実際、IGSという国際学会でも、「コンピュータ世代の子どもたちのための書字指導」といった発表がおこなわれています。

 

6  まとめ

 これまでの話の中でも、国際的な話題が出てまいりましたが、国際化の時代の中での書写指導ということについて、たとえば「サインのこと」「プライベートレターとビジネスレターのこと」なども機会があればお話ししたい内容です。また、「なぜ?」ということについても、わずかな例しかあげられませんでしたが、その他の事柄、たとえば「口と日とで接し方が違うのはなぜ?」「なぜ筆順を覚えなければならないの?」といったことについても時間があればお話ししたかった内容です。

 子どもたちが「ああ、大切なんだ。勉強して良かった。」という気持ちをもってもらえるよう、努力していきたいと思っております。また伝統を大切にするとともに、新しい時流を積極的に活用していく書写でありたいと思います。

(1996.07.30)

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