筆記具の回転と接地面の形状

押木秀樹


というご質問をいただきました。それには様々な理由があることと思います。シャープペンシルが出始めた頃には、高価だからなどという理由もあったでしょう。また、芯が折れて飛ぶと危険だから、などという意見も聞かれます。
 とりあえずここでは、筆記具の回転と接地面の形状という問題を取り上げてみたいと思います。この問題は、上條信山『新書写書教育事典』(木耳社)にも「鉛筆の持ち方」という項において「文字を書きながら適当に軸を回転させつつ書き、一定の太さに保つ。」などのように記されています。また、最近セーラー万年筆から「書き方鉛筆 おてほん」という商品が売り出されています。この説明書にも広島の西河内先生という方の、筆記具の持ち方と回転についてのコメントが付されています。さて、この問題は、 といった他の筆記具にも関わる問題です。これらの筆記具に共通する特徴を、考えてみましょう。万年筆、ボールペンといった筆記具の場合、筆記具の紙に接する部分が金属で出来ていますし。またフェルトペンなどはフェルトでできていますが、これらはいずれも先端の形状が、ほとんど変化することなく筆記できます。それに対して、鉛筆・シャープペンシル、チョークなどは、先端の素材をすり減らしながら筆記するために、その形状が変化します。また筆の場合は、フェルトペンと同様の理屈になりますが、先端の形状の変化がきわめて大きいわけです。

 これらの問題は、筆記具の先端の形状の変化に対応して書けるかどうかということであり、そのためには筆記具の回転運動が重要な意味を持ちます。


図2-鉛筆  まず、鉛筆の先端を見てみましょう。芯を削っていない鉛筆の先は、右図の左のようになっています。当然、このままでは書きにくいことになります。しかし、そのまま書いていくと、線は太いものの、かなり書きやすい状態になります。図の右の状態です。先が丸くなっていることと、もう一つは多面体的に見えることに特徴があります。
 書いているうちに、先端は斜めに削れてきますが、そのままではひどく太い線になってしまいます。それを、回転させて適当な面を作り出すことによって、対応しているわけです。その結果が、この多面的な先端になります。

 鉛筆、シャープペンシルといった先端の形状が変化する筆記具をうまく使いこなすためには、面をどのように作り、使っていくかということが大切であり、そのために筆記具を(筆記している際の視線から見て)反時計回りに回転させる必要が生じます。



図1-シャープペンシル  当然シャープペンシルの場合も、同様なことが言えるでしょう。右の図は、0.5mmの芯を使ったシャープペンシルです。先の鉛筆ほどではありませんが、おろし立ては書きにくく、書いているうちに先が削れてきて、書きやすくなります。この場合、多面体的な形状ははっきりしませんが、ほぼ同様に考えて良いと思います。鉛筆は芯まで削って先を細くしてから使うのが普通ですが、シャープペンシルはそのまま使います。そのかわり、もともと芯が細いために、早く書きやすくなりますね。

   シャープペンシルの場合、細い芯のおかげで、回転運動をしなくともそれほど太くなりませんが、そのかわり回転運動なしでは線がきれいに引けないという症状が起こってきます。多くの小学校では、シャープペンシルを用いないようにいう理由として、鉛筆を使った方が筆記具の使い方がうまくなるからだ、と考えているところが多いようです。その理由は、鉛筆を用いた方が、回転運動により筆記面を作るという意識ができやすいということなのです。

 ちなみに、大人になって、この回転運動と面を作ることができないという方もいらっしゃるでしょう。その場合、試しに0.3mmのシャープペンシルを使ってみて下さい。0.3mmくらいになると、斜めに削れた形状・サイズが、線の太さとして適当な太さとなり、回転して面を作らなくても、そのまま書き続けられます。「0.3mmは折れやすい」って、いえいえ、芯の製法は日々進歩していてずいぶん強くなっていて、書きやすいはずです。



図3-チョーク  さて、鉛筆より太く、しかもシャープペンシル同様削らずに使う筆記具(?)が、チョークです。チョークの場合、右図のように多面体的形状がくっきりとあらわれます。鉛筆・シャープペンシルで回転運動を(無意識に)理解している人は、チョークを使うのにも早く慣れるようですが、そうでない人の場合、なかなかうまく書けないようです。 という人は、この点をチェックしてみて下さい。また教員養成系大学の学生の方も要注意です。

 そもそも、チョークの先をほんの少し削った状態で売り出したら、便利だと思うのですが、まだ見かけたことはありません。どっかの会社が特許をとって、それを使っていないのでしょうかね? 私は特許/実用新案申請してませんよ。^^;;


図4-毛筆(良い例)  最後に、毛筆の場合を考えてみます。私の別の文章にも書いていますが、楷書の場合、左45度程度に傾いた水滴状の形状が運動することで、線が成立します。右図のように、それは横画も縦画も同様です。自然な状態で持った際の筆管の傾きのまま書けば、こうなるわけです。また、横画・縦画を書き終えた状態の筆をそのまま持ち上げた際の写真も載せておきました。光が当たっている面の形状がまさにこの形状になっています。

 要するに、この形状を維持した状態で書けない人の場合、最初の質問の

ということになります。



図5-毛筆(悪い例)  この形状が維持できない理由も様々考えられます。ここでは、もっともよく見られる例を挙げておくことにいたします。
 先の図では、縦画を書くときも筆管の傾きはそのままでした。右図はちょっと見にくいですが、筆管が向こう側に傾くように、筆先を押し進めるような書き方で縦画を書いています。(写真だとわかりにくいですが、かなり向こう側に倒れています。) このまま筆を持ち上げた際の形状の写真も載せておきました。曲がっていて、接地面の形状がずいぶん細長くなっています。実は、紙から筆が離れるときに少し押し戻すような技術を使えば、これを元通りの形状に直すことができ、書に堪能な人はそうやって直しているのです。しかし、初心者にはなかなか難しいようです。この形状のまま再度横画を書いた写真も載せておきます。線が安定していないことがわかると思います。だから初心者は、縦画を書くたびに硯で筆を直してしまうのです。
 とりあえず、筆管の傾きに注意して書くことで解消できるかと思います。この詳しい内容は別項をご覧下さい。



 いかがでしょう。先端の形状が変化する筆記具と、変化しない筆記具とで使い方が異なること。そして、形状の維持のためには、反時計周り(筆記具の先から見たら時計回り)の回転運動が必要であることとが、理解していただけたでしょうか?

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