<パソコンとインターネットで広がる書の世界> 第5回

パソコンで作る私だけの手本(1)


はじめに

 書写書道教育関係の学会でも、コンピュータを用いた指導とその実践の分析についての発表がおこなわれています。その一つが、昨年十一月に熊本で開催された全国大学書写書道教育学会における染谷由香理先生の「書写書道教育におけるコンピュータの活用(2)」です。染谷先生は高校での芸術科書道の授業において、どのようにコンピュータを利用していらっしゃるのでしょうか。

 書を始めたばかりの時は、先生のお手本を元に練習を始め、そのうち古典を学習し、ある程度になると自分自身の作品を書くことになります。さてその時、どのようにして作品を書くでしょうか。半紙で書いてもらった時のように先生にお手本を書いてもらいますか? それとも、先生から自分で書いてみなさいという言葉をもらうだけでしょうか?

 学書のステップとして、「臨書→倣書」という考え方があることはご存じかと思います。古典の臨書をおこなうことによってその古典の特徴をつかみ、そして自分なりの詩文を選んでその古典の特徴を使って書くということですね。ただ、初めて条幅を書くときに何らかのお手本があればよいのに、という思いは誰でも持つことだろうと思います。その倣書の一歩手前で、古典の字を集めてそれをお手本に書く、集字して書くという段階が考えられます。法帖から自分で書きたい作品の文字を探し、薄い紙を重ねてその文字を写し取り、それを並べてお手本とするだけでずいぶん安心して書けるものですね。現代では、写し取る変わりにコピー機を使うこともあるでしょうし、写し取るのも勉強だとおっしゃる先生もいらっしゃるようです。ただ、写し取った文字は作品として字の大きさがバラバラだったり、前後の文字の形が合わなかったりすることもあります。そこは臨書で学んだ成果を生かして、調整して行くわけですね。

 もし初学者にとって、のりやはさみを使って切り張りすることなく、また字の大きさや微妙な形も自由に変えられ、自分自身のためのお手本を作ることができたら、どんなに良いでしょう。特に高校などのように、短時間で書の楽しみとその達成感を味あわせてあげるには、どうしたらよいでしょうか。その一つの答えが、先ほどの染谷先生の発表と言うことになります。右図は、染谷先生の高校の生徒さんが自分で作ったお手本、雛形です。


 さて、染谷先生はどのようにコンピュータで授業をしていらっしゃるのでしょうか。今回まず最初に、染谷先生が論文*としてご発表のものの中から右図を紹介させていただくところから始めましょう。簡単に説明しますと、先生はマッキントッシュというパソコンに行書字典を用意します。生徒さんたちは、その文字の中から適当なものを選び、やはりパソコンの中に用意された紙(?)にその字を貼り付けていくのです。貼り付けると言ってももちろん、マウスで選んで動かすだけでその位置に貼れるといっても良いでしょう。もちろん、位置がおかしければ何度でも貼り直す・動かすことができるわけです。そのようにして作られたのが、先のお手本になります。
 それなら、紙とコピー機を使っても同じだよ、パソコンを覚えるより糊で貼る方が簡単だ、といった意見もあるでしょう。それもそうかも知れません。でも、染谷先生の学校の生徒さんたちはずいぶん楽しくこの作業をやっていらっしゃるようです。パソコンを使うとどんなメリットがあるのでしょうか。今回は、「パソコンで作る私だけの手本」と題して、染谷先生がやっていらっしゃることを、ウインドウズ95パソコンを使って、紙上でやってみることにしましょう。



文字を入力するには

 まず始める前に、何を用意したらよいでしょうか。最初に、 を決めなければ始まりません。とりあえず今回は、半切に「春暁」を、王羲之の「蘭亭序」を中心に集字することにしましょう。次は、パソコン関係のものです。普通のパソコンに加えて、グラフィック系と呼ばれるソフトウェアと、グラフィックの入力装置が必要です。ちょっと難しいですか? いえ、その言葉さえ知っていれば何とかなります。今回は、PrintShopProという1万円ほどのソフトウェアを使うこととしました。次に、入力装置とはなんでしょうか。現状では、手持ちの法帖の文字を一度、パソコンに入力しなければ始まりません。その装置には、一般に があります。(これらの呼び方は通称です。) 右図の上がデジタルカメラ、ちょっと見たところ普通のカメラと変わりませんが、これはフィルムを入れて取り終わったら写真屋さんに出すのではなく、パソコンやテレビとつないで見るカメラです。下左はCCDカメラ、パソコンにつないでおき、見えたままをパソコンで保存しておくことができます。そして下右のコピー機の小さいようなものがイメージスキャナです。デジタルカメラは持ち歩いて撮影することができますし、CCDカメラはでこぼこしたものでも画像として入力することができます。しかし現時点で、細かい部分でもギザギザが見えないくらいにしたいなら、イメージスキャナが適当です。いずれでもできますが、今回はお店で4万円程度で売られているイメージスキャナを使うことにしましょう。

蘭亭序を入力する

 それではソフトウェアのメニューから、イメージスキャナの入力を選び、白黒入力を選択します。もちろんカラーでも良いでしょうが、雛形を作ることを考えたら、白黒で十分です。コピー機を使うようにイメージスキャナに法帖を載せて、スタートします。コピー機よりちょっと遅いくらいで、画面上に蘭亭序があらわれました。
 「春眠…」の「春」は、この字を使うことにしましょう!
 さて、これを半切と同じ比率にした紙に貼り付けます。本当は、紙ではなく同じ比率にした画面に貼ることになりますが、とりあえず紙とよんでおきましょう。マウスで「春」という字の回りを囲んで(図右)、「コピー」を選び、白い紙のところで「張り付け」を選べばOK。とても簡単です。いえ、その前にちょっと待って下さい。鑑賞するには紙の質感なども大切な要素ですが、お手本を作るとなると不要です。紙に貼る前にちょっと細工をします。メニューからコントラストというところを選び調整したのが、図の中です。それから、印の部分が残っていますから、これはパソコンの消しゴムマークをクリックして消してしまいましょう。そして、貼り付けたのが図左です!(上半分のみ表示)

ない文字はどうする?

 「春」という字は、簡単でした。ところが「眠」という字がありません。どうしましょう。これは、扁と旁を探してきて張り合わせれば良いですね。「集王聖教序」もそのようにして作られたと言われています。パソコンなら、何度でも貼り直して調整できますから、これも便利です。もちろん、パソコン上で大きさの調整もできますが、そのことはまた改めてお話ししましょう。
 実際にやっているところが、右図です。マウスを使って、「目」の部分を囲んでそのまま「民」の横に持ってくるだけ、とても簡単です。
 もちろん、上下からなる字だって、右図のように組み合わせればOKですね。これらの字も、先ほどの白い紙に貼り付けておきましょう。

拓本をどうする?

 まだ困ったことがあります。「暁」がありません。扁旁を組み合わせれば良いのですが、「日」の部分は見つかったものの「堯」にあたる部分が、ありません。ただ、蘭亭序にはなくても、集王聖教序にあるのです。問題なのは、集王聖教序が白黒逆だということです。これもパソコンなら簡単、「白黒反転」というところを選ぶだけで、右図のように反転させることができます。その後、先ほどと同じように「日」と組み合わせるだけです。ここまでのところは普通のコピー機を使って切り張りしてもできますが、この反転あたりからパソコンの威力が見え始めますね。

全体を見て

 さて、このようにして貼り付け終わったのが、右図の左です。縮小してありますので少々見にくいかも知れませんが、なんだか違和感を感じてしまいます。それを少し修正したのが、右のものです。何が変わっているでしょうか。そうです、位置を修正して中心を揃え、文字の大きさのバランスも直してあります。実はそれだけではありません。もともと特に行草の古典などは前後の文字との関係でその形が決まってきている部分があることはご存じですね。位置と大きさだけでは、どうも違和感を覚えてしまうのです。そのための修正をおこなっています。

 もう一つ、問題があります。実はパソコン上で切り張りする作業は、ほんの十分程度しかかかっていません。しかし、古典から文字を探し出しそれをスキャンする作業はその何倍もの時間がかかっています。いくらパソコンが便利だといっても、結局法帖から文字を探し出す作業が大変なら、その差は少ないと言うことになってしまいます。もちろん、すでにある字書から文字を探し出すこともできるでしょう。しかし、それも一文字一文字イメージスキャナを使って入力していたら、結構な時間がかかるのです。

 この二つの点は、何とかしないといけないようです。ただ、そろそろ紙面も尽きてきましたので、次号で考えてみることにしましょう。


*詳しくは、染谷由香理「書写書道教育におけるコンピュータの利用(1)」/『書写書道教育研究』第十一号,1997.3,萱原書房 を是非ご参照下さい。

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