(『書写書道教育研究』第13号 p.69-80,1999)
金沢大学教育学部附属中学校 礒野美佳
信州大学教育学部中学校教員養成課程 五十嵐啓一
上越教育大学言語系 押木秀樹
小学校教科用図書に、手書き文字の学習を意識した教科書体が多く用いられていることは周知の通りである。堀ら*1は、明朝体など日常目にする字形が、手書き文字の字形に影響を与えている可能性について述べている。この報告は書字学習時に参照する字形に限らず、文字を学習する年齢層において目にする字形一般が、書字学習に与える影響の大きさを示唆していると考えられる。この報告からも、小学校教科用図書に、手書き文字の学習を意識した書体が用いられていることの必然性が理解できよう。
一方、教師が作成する資料類や児童自身が学校教育の中でコンピュータを用いる場面等において、プリンタによって出力される文字やディスプレイ上の文字を目にする機会が増えつつある。しかし、これらの文字およびその字形については、これまでほとんど語られてこなかった。
本研究では、学校教育におけるコンピュータの普及を考慮し、コンピュータ用教科書体フォントの実態を調査すると共に、手書き文字の習得を意識した字形特徴について考察し、これまで印刷に用いられてきた教科書体について確認することで、今後の小学校用コンピュータへの教科書体フォント導入の必要性と問題について提案する。
本研究は、図1のとおり具体的には3つの部分からなる。1点目は、コンピュータ用教科書体フォントの開発・販売状況の調査である。2点目は小学校へのアンケート調査による同フォントの使用状況の調査である。3点目は、フォントの品質に関する検討である。学年別漢字配当表に用いられている字形、現行教科書に用いられている字形を踏まえ、パソコンに使用されるTrueTypeフォントについてその品質のチェックをおこなった。以上の結果を総合するとともに、その他の画面表示・印字関係の問題について考察することにより、提言をおこなう。
なお、本稿で用いる字形・字体・書体という用語については、『漢字百科大事典』*2・林*3・押木*4を参照した。また、フォントといった場合の指し示す範囲であるが、本稿においては狭義に捉え、以下コンピュータ用の印字用字形を指すこととする。
実際の考察に入る前に、現在の教科書と教科書体についての法的根拠とその実態について確認しておくこととする。教科書体に関する過去の経緯については、中村*5・江守*6・*7などに詳しい。また国語政策と字形統一に関しては、氏原*8に詳しい。さて、昭和52年の「義務教育諸学校教科用図書検定基準実施細則」(第1章 国語科(「書写」を除く。) 第3節 「教科用図書の体裁」に関する事項 4 印刷 (2)文字の書体 において、次の記述がある。
ア 小学校においては,教科書体を用いる。ただし,高学年用の教科用図書の文字,明朝体活字を取り扱うための教材,地図中の文字などについては,この限りではない。 |
このように、教科書体を用いることが明記されていた。それが、平成元年の「義務教育諸学校教科用図書検定基準」(平成元年文部省告示第43号)において、この細則の根拠であった昭和52年の同基準(昭和52年文部省告示第183号)は廃止され、上記の細則は無効となり、これによって「小学校においては,教科書体を用いる。」といった表現もなくなった。
現在の状況については、上記平成元年文部省告示第43号の別表、「漢字」の(4)に、
常用漢字の字体については,「常用漢字表」によること。ただし,教科書体活字を使用する場合には,「学年別漢字配当表」に示された漢字の字形を標準とし,その他の常用漢字については,これに準ずること。 |
とある。教科書体活字という名称およびその標準については明示されているものの、それを使用すべきであるといった表現やその使用を推奨するような表現は見られない。また、「小学校学習指導要領」(平成元年3月 文部省)第2章 各教科 第1節 国語 第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取り扱い の 2(3) において、
漢字の指導においては,学年別漢字配当表に示す漢字の字体を標準とすること。 |
とされるが、ここでは「字体」についての指示であることに、気を付けなければならない。
一方、教科書における教科書体の使用状況については、平成7年度検定の小学校国語科用については、6社すべてが各学年にわたって本文に教科書体を用いている。国語科用以外についても、多くが本文に教科書体を用いている。社会的には教科書体の意義がある程度認められていると考えられる。
印刷用字形について考察する場合、その内容を便宜的に
とにわけて考えるべきであろう。本研究においてはその目的から、後者に限定して考察することとする。また、さらに字体レベルの差異を除いた字形の問題について、
とを区別することが望ましいと考える。本研究では、先に押木*9が他の目的のために示した図2を字形の品質のチェックにおける視点とした。明朝体など他の印刷用書体にくらべ、教科書体を書く際に参照できる性能をもったものだとすれば、教科書体はこの表のうち、
において、優れた特徴を持つ必要がある。また、
についても、考察をおこなう。
教科書体フォント自体の考察に入る前に、学校教育でのコンピュータと文字環境について踏まえるため、アンケート調査をおこなった。アンケート調査は、石川県金沢市の全小学校58校、新潟県上越市の全小学校30校、計88校に対し郵送し、任意の1名の教員に答えてもらった。調査項目の概要は、表1のとおりである。この結果、それぞれ62%、90%の計63校からの回答を得た。以下、この結果を確認する。
表2は、アンケートにおける教師のパソコン・ワープロ利用の実態である。この結果より、今回調査に協力してくれた教師全員がパソコンもしくはワープロを所有し、また4から5割の教員がパソコンを利用していることがわかる。また100%の学校でパソコン・ワープロを利用可能で、90%の学校ではパソコンも使用できる。パソコンの場合True Type Fontの使用が可能で容易であるということから、パソコンとワープロ専用機の比率の差も意識しておくべきであろう。
それらのパソコン・ワープロを用いて、児童が目にするプリント類を作成することがあるかどうかについては、95%があると答えている。逆に所有していても児童向けのプリント類は必ず手書きするというこだわり派がいることもわかる。
教科書体の利用の可否については、個人所有・学校所有共に、可能・不可能・不明がほぼ3割ずつという結果となった。その使用状況については、必ず使うという回答は少ないものの、使うことがあるという回答をあわせると3割近くなり、教科書体が使用可能であることを知っている教師の多くが多少なりとも使用していることとなる。
児童が学校において、パソコンを使用できる学校の比率は、表3のとおり約70%となった。特に上越市ではすべての小学校において使用できる。その機種は、いわゆるMacが40%と多く、特に上越市ではその比率が極めて高い。パソコンで教科書体が使用できる比率は16%となっており、教師用のパソコンよりかなり低い。いわゆるWindowsマシンでは、わずかとはいえ教科書体フォントを添付するメーカーがある(詳しくは後述)のに対し、Macではないという問題と関わっているかも知れない。
教師が教科書体についてどのような認識を持っているか、その調査結果が表4である。教科書体について約15%が知らないと答えており、必ずしも教師すべてが認識しているわけではないことが理解できる。また、教科書体に意味があると考えている教師は約70%であり、その意味については、「正しい字体であること」「正しい字形であること」「整った字形であること」が高い。学習指導要領における「漢字の指導においては、学年別漢字配当表に示す漢字の字体を標準とすること」という点が押さえられているといえよう。また、正しい字形というものの存在の是非を別にすれば、教科用図書についての文章「教科書体活字を使用する場合には、学年別漢字配当表に示された漢字の字形を標準とし」から、正しい字形という意識もうなずける。その次に「書くのに適した字であること」が21%と高く、「美しい字形であること」「読むのに適した字であること」「覚えるのに適した字であること」と続く。これらのうち、社会生活上多く用いられている書体が明朝体だと考えると、「読むのに適した字」として教科書体を学習するという考え方が成立するであろうか。
次に指導に関して意識している比率は約半数であり、新出漢字の指導時が最も高く、「常に」という回答も11%みられた。書きやすさという点を考えると、書写指導において意識している24%とという数値は必ずしも高いといえない。手書き文字の学習時に規範とする字形としての教科書体の限界を示しているとも考えられる。
以上の結果を整理すると、パソコン・ワープロで教科書体が使えるかどうかわからないという30%と、教科書体について知らないもしくは意味がないと答えた数32%とがほぼ一致している。このことから、書写教育研究において教科書体についての意義を確認することと、その理解の普及が必要だと考えられる。
一方、教科書体について意味があるいう回答が約70%であるのに対し教科書体が利用できるという回答はその約半数程度でしかない。この理由は、3点考え得る。教科書体フォント購入といった環境的な問題と、教科書体フォントの品質の問題、そして児童らが日常目にする字形の影響に関する理解である。これらの理由のうち、フォントの購入や品質などについて、次章以降考察する。
教科書体の利用に関して、コンピュータ用教科書体フォントの状況を調査する。フォント関係の書籍*10・*11から、関係していると思われる企業30社、29種の教科書体について問い合わせをおこなった。この中で次に示す項目についても、問い合わせた。
その結果18社より回答があり、19種のフォントが一般向けの販売もしくはコンピュータ・ソフトウェアへのバンドルがおこなわれていることがわかった。このうち、MS-Windows用のものが17種、Macintosh用のものが18種であり、対応方法としてはTrue Type Fontが17種、Post Scriptが18種であった。これらのうち1998年8月段階において、市販されており一般に入手可能なフォントが表5に示す15種である。この多くが、1−2万円程度のフォントパッケージに納められているものである。
リストで挙げたフォントの制作方法は、
[1]デジタル書体以前からあるデザインをもとに作成されたもの
[2]デジタル書体として初めて作成されたもの
の2つに大別できると思われる。[1]の多くは写植用字形から作られていると考えられ、すでに印刷用として用いられている実績から、ある程度の品質が保持されているという予想もできる。調査から、上記15種中では3社の写植用字形を参考にしていることが確認でき、特に10種がある1社の写植用字形を何らかの形で参考にしていることがわかった。
次に、フォントのデザインに際して教科書体だから注意したという点があればという質問に対して、いくつかの回答があった。教育に用いることを意識したものとして、
という実際に教育現場などを意識して設計していることがわかる回答がある。一方、
のように明朝体を意識したものもあることがわかる。学校教育現場での導入に際しては、このような制作目的も踏まえる必要があると思われる。
教科書体フォントもしくはそれがプリインストールされた製品を小学校へ一括納入された実績については、回答があった限りにおいて、1件も情報が得られなかった。ただし、アカデミックパックとしての価格設定をおこなっているもの(5・6)、そして一般向けのコンピュータハードウェアにプリインストールされているという回答を得ることができた。(11‐14:日本電気、富士通、日立製作所、東芝、シャープ、カシオ、日本IBM)。小学校向け納入に際して意識されていないという結果ではあるが、教科書体のプリインストールの有無はハードウェア導入におけるひとつの基準として考えていくべきだと思われる。
教師が配布するプリント類ばかりでなく、直接児童がパソコン上の文字を目にし、その字形の影響をうけるであろうことは想像に難くない。CAIソフトウェアはもとより、今後考えられるもっとも大きな影響として「パソコンによる辞書(字)引き」も意識する必要があると考える。すでに社会的には、CD-ROM辞書で意味を引くことから漢字変換で漢字を調べるといったことはおこなわれており、これらにおけるフォントも慎重に扱わねばならないであろう。今回の調査において、教育ソフトウェアへのバンドル状況について問い合わせた結果、ベネッセコーポレーションのマルチブック(1)、学研の教育ソフト全般(11-14)、童話等のCD-ROM(フォントパッケージとしての販売等はなし)に用いられているという回答も得られた。
本研究における調査の最後して、コンピュータ用教科書体フォント(分析中では「フォント」と略称)の品質について考察する。先に述べたように、書字の学習における合理性に直結しないデザイン上の問題、また字体上の問題に関しての調査ではない。書字の学習における合理性として、
とを区別して把握することにある。学年別漢字配当表も、当然書きやすさという要素ばかりからデザインされているわけではないと考えられ、またその問題点も指摘*17されてきた。その部分と、新たに作成されたことから生じている問題とは区別する必要がある。また、検定を経ている教科書に用いられている字形は、ある程度の品質上の許容を示すと思われ、比較対象とした。
運動の容易さに関し、接し方(閉じ方)について確認する。手書きする上での合理性としては、礒野ら12・13のいうZ形運動のしやすさというということになる。たとえば、「口」の右下の接し方において、横画が出る場合は、書きやすさという点で「合理性あり」と判断し、縦画が出る場合には「合理性なし」と判断する。デザインが不明瞭であるなどの理由で判断つきかねる場合には、「不明確」とした。この結果について、配当表・教科書・フォントそれぞれに集計しパーセンテージで示した(以下の要素も同様)ものが、表7である。
配当表では合理性のある接し方をしているものが、26%と低い。教科書において、a社で76%f社で51%とこの2社が突出して合理性のある形となっている。それ以外の教科書では、不明確なものが多い結果となっている。一方、フォントではフォントCの0%とフォントK・Aを除くと、おおよそ90%以上が合理性のある形となっている。この結果は、次のように解釈できる。配当表にしたがってデザインしている教科書が多く、統一が取れない部分に関しては不明確にする傾向が見られる。一方、統一性を重視してデザインしている教科書がある。フォントの場合は、配当表の不統一を改善するため、手書きの合理性を重視した形に統一するか、明朝体的形状に統一するかどちらかにする傾向が見られる。統一性は覚えやすさという要素で重要である。「書きやすさ」「覚えやすさ」において配当表・教科書の字形より優れたフォントがあるが、明朝体的形状に統一されたフォントは、書字学習段階で目にする字形としては不適切であると考える。具体例を、図3に示した。配当表において、「口」は合理性のある形だが、「品」「古」および他の部分形としての「局」などでは異なっている。一方、教科書a社やいくつかのフォントは、学年別漢字配当表に合わせるのではなく、統一性を重視している
字種別では、「熟」が合理的でないものが最も多く、画数が多く細かい部分に「口」が含まれている場合意識されにくいことが予想できる。口以外では、「巻・官」において合理的でないものが極めて多く、デザイン上のパターンとして捉えられており、運動性としての理解は低いことが予想される。
運動の容易さに関し、装飾的形状の有無について確認する。手書きする上での合理性としては、堀ら1のいう装飾的要素としてのはらい・はねが過度におこなわれているかどうかということになる。たとえば、「園」のように右払いの右側に縦画がある場合、手書きする場合には長さの調整が難しく、書きにくくなってしまう。閉じた空間において払いがとめになっている場合、合理性があると判断し、払いのままの場合にはなしと判断する。また「背」の「北」部から「月」部への運筆と、「北」部のはねの方向はほぼ逆である。この運筆と逆方向を持つはねが省略されている場合、合理的であると判断した。これらの結果が、表8である。具体例を、図4に示した。
配当表の場合、合理性のある形状は払いで30%、はねで28%と低い数値となった。このあたりは、字形のデザインが優先されている結果といえよう。また、配当表との教科書a社において、はねなのかとめなのかが不明確なものが少なからず見られた。配当表との一致についてみると、教科書・フォントともにきわめて一致している。おそらく、これらの部分は字体に準ずる字形的特徴としてデザインしているのではないかと予想される。また、フォントGとHのみが払いにおいて配当表と一致せず、しかも合理的な字形となっている。これらについては、一方で明朝体的特徴によってデザインされているともいえよう。
なお、字種別に見た場合、払いでは「歯・断」の米形はすべての字形でとめ、「困」はすべてで払いとなっており、空間の広さとの関係もしくは部分形による使い分けが見られる。はねでは、「深・陸・勢・窓」などにおいてはねがないのに対し、「投・雑・背」などでははねがあり、はねる上部の空間との関係が予想できる。
装飾的要素について転折形状を確認する。手書きする上での合理性として、転折部分に強調が見られる分には問題がない。しかし不必要な移動距離があらわれる場合があり、その例を図5に示した。「桜」における戻るような空筆部や、「芸・低」における先に突出する空筆部については、「合理性なし」と判断し、それ以外の場合を「合理性あり」と判断した。その結果が、表9である。
基本的にこの部分に関しては微妙なデザインによって差が生じる部分と思われ、配当表と各教科書会社の字形においても差が見られた。その傾向はフォントにおいても大きい。また、転折の形状別に見たときフォントCは、「L」でもっとも合理的な形状をしているのに対し、「了」で100%非合理的な形状となっている。この例に加え、フォントC・F・Hなどは明朝体的特徴を用いたデザインが見受けられるようである。
字形の整えやすさと覚えやすさに関して、横画の長さを確認する。複数の横画があった場合、一画強調する横画のみを覚え、他の横画の長さを等しくする考え方がある。一方、それぞれの長さが異なり、比率を整えて書くという考え方もある。一般的に子どもたちにとっての整えやすさそして覚えやすさという点では、前者が容易だと考えられる。図6の「皇」の「王」部分を例にとれば上部の2画の長さが揃い、下部に位置する横画のみが長い場合は、書きやすさという点で「合理性あり」と判断し、横画の長さが統一されていない場合には「合理性なし」と判断した。その結果が、表10である。
この要素については、配当表も含め適合する特徴をもった字形は少なく、デザイン上書きやすさ・覚えやすさが意識されていないと思われる。特にフォントCにおいては、横画長の統一がなされていないものがほぼ9割となっている。
運動の容易さに関し、点画の組み合わせについて確認する。「北」「背」において、2画目と3画目との接し方によって、運動に差が生じる。図7に示す具体例のように明朝体的な接し方をした場合、2画目から3画目への連続が難しく、さらに3画目から4画目の運動を中断することとなる。明朝体的な接し方を「合理性なし」と判断し、その逆の接し方を「合理性あり」と判断した。その結果、対象とした配当表・教科書・フォントの字形すべてが、合理的な特徴を有することがわかった。
字形の整えやすさに関し、部分形の組立てについて確認する。手書きする上での合理性としては、平形*18・押木*19らの理論に示されている、左右の部分形の高さに関するものである。具体的には、ゴシック体また明朝体などの場合、縦画が太いため高低差が少なくても比較的整って見えるが、手書きやそれを意識した教科書体の場合、画が細めであるため、左右の部分形において高低差が必要となる字種がある。図8の「部」のように、左右の部分形において、一方は縦画が下端となり一方は横画が下端となった場合の高低差がそれである。この高低差がある場合を「合理性あり」、ないものを「合理性なし」とした。その結果が、表11である。
配当表、教科書、フォントともに、かなりこの点には留意されている。ただし、フォントCのみが合理性をもつ箇所が少ないことがわかる。
以上の要素についていったん合計しその平均を求めたものが、表12である。教科書体は、明朝体などと比べ、学習用書体として手書きする際の合理性を備えているべきものである。しかしながら、約20%の箇所において合理的ではないという結果が得られた。項目ごとに振り返ると、「点画の組み合わせ方」においてはすべて合理的であり、「部分形の組立て方」でも約90%が合理的であった。一方、「接し方(閉じ方)」「終筆形状」「長さ」において合理的とはいえない箇所が少なからず見られ、さらに問題とすべきは同じ部分形でありながら統一がなされていない箇所が見られることであった。特に「接し方(閉じ方)」では顕著であり、標準とすべき字形としての存在が問題視される。
一方、フォントのいくつかと教科書a社f社においては、配当表において不統一の部分を修正したデザインのもの見られた。表12においてa社f社が合理性ありの比率が高いのはそのためである。また、合理性あり40%程度となっている各社においても、配当表との一致が多いものとそうでないものが見られ、合理性が低い原因として必ずしも配当表の不合理箇所の適用ばかりではないことがわかる。フォントにおいては、フォントCのように手書きにおける合理性が極めて低いものも見られ、その明朝体的特徴において、教育現場での使用について考慮されていないと思われるものもあった。
コンピュータ用フォントの役割として、画面表示と印字とがある。このうち、印字用に関しては問題ないものの、画面表示ではそのハードウェアの制約、特に低解像度では微妙な斜線をいかに表示させるかという問題がある。この点についての対応*20*21も検討されている。
また鳥海*22は画面表示に適した教科書体のデザインをおこない*23、その方法について述べている。グレースケールフォントで表示することにより違和感をなくし、潰れにくいよう大きめで、コントラストの均一化などのために太めに、といった点である。明朝体にくらべ教科書体では縦画横画ともに同質で違和感がないため、画面表示用として適しているのではないかと語っており、興味深い点と言えよう。なお、これらの例を図9に示す。(プリントすることによって画面表示の状態と異なる。)
現在のWindowsやMacintoshといった環境では各社から教科書体フォントが発売されている。にもかかわらず、教育現場で利用されている比率がまだ低いことがわかった。コンピュータ等の普及が今後さらに進むことを考えると、前述のとおり書写教育においてもこの問題を無視することはできないと考える。少なくとも小学校教員の多くは、教科書体について意識している。コンピュータにおける文字環境として、教科書体利用に関する意識向上を図るべきではないかということである。
次に教科書体フォントの状況であるが、比較的廉価のフォントが複数発売されていることから、その品質特にフォントの制作目的から教育的配慮の有無を考慮して購入することが可能であることがわかった。書字の学習にとって有効なフォントを積極的に使用していくことが望まれる。
また、アンケート調査よりいくつかのコンピュータに教科書体が添付され販売されていることがわかった。しかし、OSレベルでは教科書体を標準添付されていないのが現状であり、なおかつフリーの教科書体が無い現在、教科書体は「導入」という形でしか利用できないといってよい。容易に教科書体フォントを使用できる環境の整備が必要であろう。とりあえずは、パソコン導入に際して教育的配慮のあるフォントがプリインストールされているものを購入するなどの対応が、現状において可能なことである。
問題点として次のことがあげられる。書きやすさという視点から学年別漢字配当表にも一貫性のないデザインが見られた。教科書体のデザインにおける標準として必要な条件を備えることが望ましい。一方、教科書に用いられる字形と教科書体フォントにおいても、学年別漢字配当表に準拠するが故の望ましからざる特徴と、それ以外の同特徴とが見られた。次に、画面表示の問題もあげられる。今後もこれらの研究の進展を期待するとともに、フォントをデザインする立場へのアプローチも必要だと思われる。
本研究で対応できなかった部分としては、次があげられる。本研究では学年別漢字配当表という基準が存在する漢字についてのみ検討をおこなった。現行学習指導要領には、ひらがな・カタカナの「標準」が示されていない。このことはこれまでも問題とされてきた17が、今後特に待たれる部分である。またCAIソフトウェアにおける教科書体利用に関する調査をおこなっていない。国語教育、特に漢字指導などで、ゴシック体・明朝体を使うことで問題がありそうなソフトウエアがないかといった調査も必要だと思われる。加えて、コンピュータによって目にする字形が、手書き文字にどの程度の影響をあたえるかといった研究も今後の課題である。
謝辞 本研究にあたっては、金沢市・上越市の小学校の皆様のご協力をいただいた。また、フォントメーカ・出版社およびデザイナーの皆様からの情報提供をいただいた。ご協力いただいた皆様に心より感謝する。