汎用性と合理性という視点からみた
書写教育の基礎についての試論

上越教育大学         押木 秀樹     


  1. はじめに
  2.  書写教育の基礎・基本については、宮澤の書写教育の基礎基本について定義、技能に加え理解の必要性などからについての論考*1や、平形の共通性と個別性の問題と字形原理から具体化した論考*2にまとめられている。これらは極めて有効であると考えるが、一方それぞれの視点によって書かれているため、今後の書写教育研究および同実践に生かしていくために、ある一定の枠組み・視点・記述方法などで整理していくことが望ましいと考える。

     書写学習における重要な学習事項は、「書字場面において必要性の高い内容」「多くの書字場面で活用できる内容」「効率の良く学習できる(短時間もしくは労力が少なく効果が上がる)内容」ととらえることもできる。本研究は、この視点により汎用性を考え、さらに合理性の理解という視点を加えることにより、書写教育の基礎基本を整理するための枠組み等に関する試論である。

     本稿では、書写の基礎基本を「汎用性」「合理性」という視点で捉える必要性について明らかにし、「汎用性」の捉え方と「合理性」の導き方について考察するとともに、記述方法と検証の必要性、また主たる規則と例外則の問題、統一的な理論の必要性などの研究課題から考察する。これらについて、既存の学習内容を具体例として述べていく。

     なお、基礎基本についての研究は、学習者論なども含め総合的におこなわれるべきものであり、また教育実践へ直接役立つ研究とするには、授業論による実践化が必要となる。ただし、本稿では、学習内容論から考えるうるものに限定し、実践化の前段階までを意図している。

  3. 書写における基礎基本のとらえ方
    1. 基礎基本の絶対的・相対的とらえ方
      1. 書写学習の目標と基礎基本
      2.  書写の学習自体、文字を書くことを伴う他の学習の基礎といえよう。その学習目標である「文字を正しく書くこと」*3については、条件として不可欠なものであり、社会生活を送る上での基礎基本と考えて間違いない。一方、「文字の形を整えて書くこと」「読みやすく書くこと」「速く書くこと」3については相対的なことといえる。したがって、どの程度までが基礎基本に該当するかは、学習・生活環境や児童生徒一人一人によって異なると考えられる。しかし、「整えて・読みやすく・速く」といった目標が、他の学習や社会生活における基本でない、とすることはできない。

      3. 書写学習の内容と基礎基本
      4.  書写の学習内容を次のように整理してみる。*4

         1. 姿勢・執筆法    2. 用具・用材とその扱い方    3. 筆使い
         4. 筆順        5. 字形             6. 書く速さ
         7. 文字の大きさ    8. 配列・配置          9. 書式
         10.良否・適否の弁別

         このとき仮に、1姿勢・執筆法から4筆順までは基礎基本であり、5字形や9書式がそうではないといういい方はできない。

      5. 絶対性と相対性
      6.  この原因は、「これが基礎基本であるという学習内容が存在する」という発想から生じていると考えられる。「Aという学習内容にくらべ、Bという学習内容はより基礎的基本的である」といったように相対的にとらえるべきであろう。整った文字を書くということに比べ、筆記具を持つということはより基本的なことである。書写学習の目標・内容における基礎基本は、絶対的なものではなく、相対的にとらえるべきであることを確認しておきたい。また、学習内容それぞれにおいて、たとえば「字形」について考えたとき、さらに細分化しても、ある程度同様であると考える。なお、書字し終えた「字形」等の品質は「読みやすさ」を実現しているかいなか判断する指標になるが、この到達すべき基準は、上記と別の意味で相対的なものであり、基準の設定は別に考えるべき問題として本稿では割愛する。

         

    2. 書写学習の基本的構造のとらえ方
    3.  書写の学習内容について「どちらがより基礎的基本的であるか」を考える上での指標として、図 1を提示する。

       学習内容は、社会生活や学校生活また学校教育における他の学習活動に役立つものであるべきだと考える。これが有用性である。ただし、いくら役立つ内容であっても、学習に非常識な時間や労力がかかるとすれば、それは問題である。ここに、有用性と難易度とのバランスが生じる。また、難易度については発達段階を考慮する必要がある。これに加え、いくら社会生活に役立つ内容であっても、それが科学的もしくは倫理的に誤っているとすれば、学習内容として不適切である。これを真理性・芸術性とする。本稿では、他の学習内容に比べある学習内容が、より有用であり、より容易で、しかも正しいものである場合、基礎的基本的であると考える。


      1. 有用性と書写の基本構造
      2.  図 1を書写学習に当てはめ、図 2のように有用性を考えることとする。書写学習における有用性は、前述のとおり、文字を書くことそれ自体であり、社会(学校)生活において不可欠である。目標とするレベルは、最低限読めることであり、高い方は読みやすい文字を生成できることとなる。

         この有用性を学習内容から考えた場合、文字を書く場面において、その学習内容が常に使えるものであれば極めて有用性が高く、逆に特定の文字であるとか、特定の書式などにしか用いることができないものは有用性が低いというとらえ方ができよう。また、特定の内容であっても、社会生活等において使用頻度が高ければ、それは有用性が高いということになる。本稿では、これを汎用性とする。他の学習内容にくらべある学習内容により汎用性が高い場合、より基礎的基本的であると考える。


      3. 真理性・芸術性と書写の基本構造
      4.  図 1を書写学習に当てはめ、図 3のように真理性・芸術性を考えることとする。

         まず、その学習内容にしたがって書くことにより、確かに「読みやすさ」が実現でき、「書きやすく」書ける必要がある。ただし、書写の場合、自然科学の概念のように、ある法則が観察結果と常に合致していることが真であるといった考え方をとることは難しい。一方、芸術科書道のように、多くの人々の直感による美の評価のみによることは、言語としての文字を書くことを扱う書写学習においては、不十分といえよう。いわゆる手本の字形のように、その学習内容が、歴史的な淘汰を経て洗練されたことや多くの人の直感的評価から真であると考えるだけではなく、その合理性を明確に説明できるものの方が望ましいはずである。

         このように考えると、その学習内容が歴史的に洗練されたものであり、多くの人々による直感から真であるとされ、かつ合理性を説明できるものを、より真理性・芸術性が高いとすることができよう。本稿では、この合理性を、基礎基本を考える上での一つの視座とする。他の学習内容にくらべある学習内容により合理性が認められる場合、より基礎基本であると考える。


      5. 難易度と書写の基本構造
      6.  図 1を書写学習に当てはめ、難易度について図 4のように考えることとする。すなわち、他の学習内容にくらべ、ある学習内容の難易度が低い場合、より基礎基本的な内容であると考える。たとえば行書の学習において、もんがまえ・ごんべんを字体レベルまで変化させる学習内容について、国語教育学の立場から三浦*5は検討の必要性を示唆している。これにくらべ、楷書と同じ字体により筆記具の上下動を減少させ連続性を高める学習の方が、複数の筆順・字体を覚えなくてもよい点から、より基礎基本であると考える。


    4. 学校教育の動向と汎用性・合理性等
    5.  このような発想により、書写学習の基礎基本を考えるべきだとする理由について、現在の学校教育の動向を踏まえ検討する。

      1. 理解と技能および自己学習力の問題から
      2.  平成元年度および平成10年度学習指導要領3・*6において、国語科の学力は、国語への関心・意欲・態度、表現能力・理解能力、言語についての知識・理解・技能としてとらえられる。このうち書写の学力は、言語事項に分類され、「〜書くこと」という語尾からも、「言語についての技能」に分類するのが自然である。しかし書写において、「技能」のみに着目し、他の関心・意欲・態度・知識・理解等を無視することはできないはずである。この内、「理解」については、学習指導要領でわずかに触れられているに過ぎない。とはいえ、書写もその学習内容について「理解」した上で、それを実現できるようするための練習をへて、「技能」として定着させていく必要があることは、松本*7や平形2が述べているとおりである。そのためには、図 5に示すとおり、指導する側・教材としての教科書等において、理解させるべき内容の合理性が明確になっている必要がある。より明確な理解内容をもった内容を基礎基本として重視し、不足なく合理性を明確にするための書写教育研究をおこなわなければならない。

         また、子どもたち個々の発達によって、理解力が先行している場合があれば、逆に手指などの運動調整技能が先行している場合もあろう。仮に、運動調整能力が低い子どもの場合、学習内容を文字として実現できず、学習に満足感が得られないことも十分考えられる。これが学習後、次の学習への意欲の減退を招かないとは限らない。その際、理解という段階と技能による実現とを分けて評価することにより、少なくとも理解できたことによる充足感から、次の学習への意欲へとつなげることが考えられる。その意味でも、合理性の明確化は必要と考える。

         このことは、自己学習力の問題とも関わらせて考えることができる。手指の運動調整能力が低く、その時間内・単元内・学年・義務教育段階おいて、目標とする水準に到達できないこともあり得る。この場合、その後、たとえば義務教育終了後に学習内容の向上はあり得ないであろうか。字形を例にすれば、個々人の字形は年齢により変化していく可能性を持つし、手指の運動調整能力が向上することもあり得る。ある程度、手指の運動調整能力が向上した段階で、自分自身の文字を見つめ、学校教育段階において理解した合理性および汎用性をもった知識を実現するための練習をおこなう。それにより向上を図ることは十分に考えられる。自己学習力の育成という意味でも、合理性および汎用性を踏まえた理解という点は、重要な意味を持つ。


      3. 意欲と関心の問題から
      4.  次に、意欲・関心という点について図 6から考える。学習活動は、進学のためであるとかテストの点数のためといった学習内容の外部に存在する要因によっておこなわれるべきではなく、学習内容それ自体への意欲・関心からおこなわれるべきである。書写においても同様であり、学習の導入段階における教師の工夫等はもちろん、教材や学習内容自体が十分に魅力的である必要がある。また学習中は、学習が十分に持続できるだけの意欲が必要であり、学習後さらに関心が高まることにより、次の単元への意欲につながるはずである。たとえば、子どもたち自身がもっと読みやすい字を書きたいという目的意識を持つこと、また教材としてのいわゆるお手本が美しさなどの魅力を持つことに加え、子どもたちが納得できる学習内容であり、「なるほど」と思わせるだけの価値をもった内容でありたい。そのためには、合理的に説明可能な内容である必要がある。これについて平形2も、「児童・生徒に知的好奇心・探求心をもって自ら学ぶ力をつけさせるためには、書写された文字の形が科学的に究明され」る必要があると述べている。


      5. 横断的・総合的な学習の問題から
      6.  学習指導要領3における横断的・総合的な学習という課題に加え、書写と国語科他領域との関連を深めていく必要がある。久米*8は、戦後の学校教育の流れを押さえ、系統性を踏まえた単元学習の必要性を述べている。これは、系統性を踏まえた基礎基本を重視するという考え方と、単元学習や横断的・総合的な学習等とは決して相反する考え方ではないということと理解できる。書写に限定されない学習活動において、書写学習をおこない、書写学習の力を生かす能力を身につけるためには、基礎基本を十分に身につけている必要があるともいえよう。

         このように考えたとき、仮に、ある手本である文字を学習したとして、その文字だけに使える学力であっては、書写に限定されない学習活動において、書写学習の力を生かす活動は極めて難しい。その文字が、その活動によって書かれるとは限らないからである。一方、汎用性の高い内容を学習した場合、これを他の文字に生かすことができるはずであり、図 7に示すとおりである。久米8の「手本を習う から 手本で学ぶ」という考え方とも合致する。教育実践の場における総合的・横断的授業の実践のためには、汎用性を持つ内容の学習とともに、その学習内容を常に生かしていく意識の学習(その方策)が重要であると考える。このように、書写学習の能力を生かすための学習、横断的・総合的な学習、書写と国語科他領域との関連学習において、汎用性のある学習内容を基礎基本として重視する必要があり、それは自己学習力とも関連してくる。


      7. 個性との関係から
      8.  学習指導要領3の総則には、「基礎的・基本的な内容の確実な定着を図り、個性を生かす教育の充実に努めなければならない」ことが記されている。現在の学習指導要領に求めるまでもなく、手書き文字における個性は重要なものと考える。一方、文字言語の運用には、社会的に通用する一定の基準を満たす共通性が必要である。上記の学習指導要領の表現は、書写指導において、共通性と個性との両立をうながすものとして理解できる。字体レベルの問題については、常用漢字表およびその字体についての解説*9という基準によることができる。一方、字形レベルの問題等については、この一見相反する要素のバランスを考慮する必要が生ずる。もちろん、前述の久米の指摘にある「手本を習う」発想から突き詰めていったとき、個性を失う方向を持つなどのことは論外としてもである。

         この問題の現状におけるまとめとして、平形2による「元来書写文字の共通性と個別性が備わっているとすれば、今日の書写指導は共通性だけを価値あるものとしてとらえ、共通性の秘めたる法則性や秩序性を発見し解決を図っていく中に個性の発揚を期待している」が適切であると考える。すなわち積極的な個性重視ではなく、共通性の指導後に残る個性を、個性として認めていくというふうに解釈できる。このとき、何を基礎基本すなわち共通性として指導していくべきかを考えたとき、本稿で述べる合理性(と汎用性)がその根拠になり得ると考える。

         書写学習において到達すべき目標が、いわゆるお手本の字で良いかという問題も同様に考えられる。

      9. 教員養成の問題から
      10.  理解と技能について述べた2-3-1 の内容は、教師および教員養成の問題とも関連させることができる。書写の授業への取り組みについて、あくまで私見であるが、書写技能に自信がある教師の方が逆の教師に比べ積極的であると考えられる。これが事実だとすれば、教員養成段階もしくは在職研修において、書写技能の向上を図るべきであり、そのこと自体はいずれにせよ望ましい。しかし、技能の向上特に毛筆書写技能の向上については、かなりの時間が必要であり、すべての小学校教師および中学校国語科の教師が十分な自信を持つということは難しいのも事実であろう。一方、理解力は、学習者である小中学生にくらべ指導する教師は優位であると考えられ、比較的短時間で向上を図ることが可能であると考えられる。すなわち、書写の理解的側面として合理性・汎用性などの知識を身につけ、それを自信として書写指導に当たることは、この問題を比較的容易に解決する方策と考えられるのではないだろうか。

      11. 書写のカリキュラム構造の特性から
      12.  書写のカリキュラム構造として、らせん状のイメージとして説明されることが多い。日常の基礎基本として、算数と書写の比較をした場合、前者は数の概念・加法・減法・乗法・除法と明確な内容を示し得、また学年にまたがるそれぞれの内容も、桁数の違いなどで明確な段階を示し得ていることがわかる。一方、書写の場合、たとえば「文字の形」という内容が学年を越えて用いられ、段階というよりも「注意して」「理解して」などの差にとどまっている。質的向上を図る書写の特性上、致し方ないともいえよう。しかし、各段階において、何を理解すべきなのかを明確にし、汎用性の高い学習内容・容易な内容から特殊性の強い・難しい学習内容への配列はさらに考慮できる可能性がある。このためにも、本稿で示すとらえ方が有効であろうと考える。

  4. 汎用性の考察
  5.  具体的に汎用性を明確にしていくための方法について考察する。

    1. 汎用性の基本的な考え方
    2.  書写の学習内容の内、「持ち方」はほぼすべての書字場面で必要とされる内容であり、「必」という字の筆順はほぼその文字を書くときにしか必要ないと考えられる。だからといって、特殊な筆順は学ばなくても良いということにはならない。このような問題を解決するために、以下を考慮しておく必要があると考える。

    3. マクロ的とらえ方
    4.  マクロ的とらえ方とミクロ的とらえ方とに分けて考えることを提案する。学習内容における汎用性の高さは、本来連続的なものであるとしても、持ち方と「必」の筆順などでは、その差が極めて大きいからである。

       まずマクロ的な見方として、図 8を提示する。先に述べたように「持ち方」は、すべての書字活動に必要な内容であり汎用性が高い。「筆使い(もしくは基本点画)」は、横画が1006字中の938字に含まれてことなどをみても、各学習内容がかなりの汎用性を持つことがわかる。また多くの書字場面で、「漢字とかなの調和」は必要となる。「文字の大きさ・配置配列」は縦書き・横書きが異なる部分があるものの、汎用性が高い。また、書式については、その書式ごとに考える必要もあろう。日常の書字活動に対し、輪切りされた学習内容が縦方向にどれだけ分割され、どれだけの面積を持つかという形で汎用性をとらえるものである。図 8は、内容の多少・効果から厚みをプラスすることで、有用性を体積としてとらえることもできる。


    5. ミクロ的とらえ方
    6.  図 8におけるそれぞれの学習内容の内部について、縦割りされる面積を考える。筆順であれば、先に例示した「必」のように字種別に学習していく際は狭く、「上から下」「左から右」などから学習していく場合は、広く考えられる。字形についても、字種別に学習した場合と、「複数の横画からなる字は…」といった括りで学習する場合、同様に考えられる。このように、学習内容それぞれについてミクロ的にとらえる必要がある。そして、ミクロ的に汎用性を考えた場合、原理の抽出、法則化という意味から、合理性とも関係してくるはずである。

      1. 結構法などから
      2.  ミクロ的な見方は、法則化とその適用の可能性という点では、古くからみられる。たとえば、李淳の大字結構八十四法*10では「渙綉殴仰」について「左右占地歩」すべきであることを述べているが、これは縦方向に三分割できる文字にかなり広く適用できる。また、現代に近いものとしては、石橋*11の均衡・比例・変化・統一、上條*12の水平・垂直・平行・等分割・中心線一環・並列・双曲・順増等があげられる。これらは法則化といえようが、上條が具体的適用例を示している程度であり、どれだけの文字に適用できるかといった点は語られていない。

      3. 使用頻度の研究から
      4.  現代における系統化の研究・使用頻度に関する研究は、汎用性に関する内容を持っている。須永ら*13は、教材の系統化などを目的とした、独自の構成要素別の漢字分類表を示している。使用頻度や比率を示してはいないとはいえ、汎用性をとらえるために必要な作業がなされている。久米*14は、ひらがなの用筆別分類表・片仮名の点画要素別分類表・学習漢字の構成別分類表を示しており、須永ら同様に考えられる。さらに久米*15は、行書の系統化のために、字形要素を持つ文字を示すとともに、その文字数も示している。宮澤*16は、基本点画の系統表を示し、117種の基本点画について常用漢字1945字中の使用頻度・比率を明確にしている。同論文でもっとも比率が高いものは61に分類される横画で3266回16.23%であることが明らかになっている。これらの調査における使用率の高い点画・要素等は用いられる機会が多いはずである。

         これらの成果は、実際の教材化の段階で用いられていることと推測されるが、せっかくのデータを用いた後続の研究が少ないのも事実といえよう。その理由の一つとして、検索などが難しいことがあげられる。これに対し、礒野*17は筆順の分析を目的とした入れ子型表記により、コンピュータのgrep/sedなどを用いた分析方法を紹介し頻度を示している。さらに前田*18・龍岡ら*19は、構造木的な発想による、筆順まで含んだ漢字情報管理システムの開発を進めている。これらの進展は、学習内容がどれだけ多くの字種で用いることができるかを示す可能性と、学習のさらなる系統化をなし得るものとして期待できる。

    7. 使用・実用面からみた汎用性(字種と書式を例に)
    8.  前述の宮澤や礒野は、常用漢字・学年別漢字配当表所収の漢字に対し使用頻度を求めている。汎用性という視点からは、その字種が日常生活もしくは国語学習・他教科の学習の中でどれだけ用いられるかという使用率から重み付けをすることが、必要だと考えられる。

       また書式などは、それぞれの書式ごとの学習が必要であり、持ち方などに比べると比較的汎用性が低いことを述べた。しかし、これについても字種同様、書式の使用頻度について検討しておくべきであろう。書式は確かに個別的ではあるが、ノートであるとか原稿用紙といった書式は、使用頻度が非常に高いはずである。

  6. 合理性の考察
    1. 合理性をどのように導き出すか
    2.  書写指導の内容としての合理性の導き方として、字形また間架結構法などの古典的経験則を、現代的解釈により合理性を確認する作業をへて、基礎基本として確立させていくという考え方ができる。これを、図 9に示す。


       まず、書字習慣の長い伝統の中で淘汰され形成されてきた形・特徴は、何らかの合理性を持つはずである。平形2は、「規範とされる文字の形そのものが、知的関心を高めるに十分な文化的で価値ある創造物である」と述べている。正書体の変遷をみると、篆書・隷書が数百年ほどで次の書体へと実用書体の地位を譲っているのに対し、楷書が現在少なくとも1600年ほど基本的な特徴を変えることなく使われ続けているのも、何らかの合理的特徴を持っているからであろうと思われる。たとえば、楷書の全体的な特徴である横画の右上がりなどは、図 10に示す手指の運動の容易さに起因していると考えて間違いなかろう。また、汎用性の考察の中で述べたように、間架結構法などであっても法則化・原理としてとらえられる内容は、合理性を示唆する可能性があるはずである。


       それらの字形、そこから抽出された結構法などの既存の知識について、科学的分析および解釈により、ある程度の普遍性を持った合理性を確認する作業が考えられる。また、その時代の書字環境によっては、蓄積された経験則等が必ずしも合理性を有するとは限らない。変化した部分の是正・対策も必要である。たとえば、縦書きから横書きへの移行とそれによって生じる変化の例を、図 11に示した。Z型運動の中断、左右の部分形からなる文字が約4割(学年別漢字配当表1006字中)をしめることとまとまりの問題、書字方向とそれに適した筆順の問題*20などである。もちろん、字体や筆順などそれ自体は、書写教育研究の範疇を越えるわけであるが、それらを踏まえた合理性の明確化が必要であると思われる。


    3. 合理性のための視点
    4.  合理性の確認作業をする上での視点としては、押木*21があげている「読みやすさ・書きやすさ・美感・覚えやすさ・個性・伝統」が考えられる。国語力・言語能力としての書写能力を考えたとき、言語の情報を処理し操作するという視点から、「読みやすい」ことと「書きやすい」ことについては、国語科教育などの他分野の人にとってもわかりやすいものであると考える。たとえば、「書きやすさ」という視点は、従来の書写教育研究の中であまり目にする機会の少ないことばであるが、芳野*22の「よい発想がうまれても文字を書くことが遅く、文字を書くことへの抵抗が大きいと、書いている間にせっかくの発想が消滅したり思考が拡散したりしてしまいがちである」という指摘などもあり、重要な問題といえよう。これまで書写教育において重視されてきた「美感」は、説明が難しい部分といえようが、「読みやすさ」の意識との相関についての押木*23の仮説、礒野ら*24の検証からある程度説明ができよう。「覚えやすさ」については、難易度との関わりなどからイメージしてもらえることと思う。これらは、書写学習が単なる手の運動の時間ではなく、風通しのよいすっきりした理論によっておこなわれるべきであるとする意見に、ある程度答え得る視点であると考える。


  7. 汎用性・合理性・難易度を検討するための課題
  8.  汎用性・合理性・難易度を検討するための課題およびその考え方について、考察する。

    1. 理論的記述と検証の必要性について
    2.  まず、蓄積された研究成果の明確化のために、合理性・汎用性について明確な記述をすることが必要である。次にその内容について、仮説がありそれを検証する必要がある場合と、検証の必要の低いものとがある。書写教育研究として、後者については比較的早期にまとめ得るだろうし、前者はある程度の時間が必要となるはずである。これらを意識した整理が必要である。以下に、記述と検証の必要性についての具体例をあげる。

      1. 横画の長さを例に
      2.  たとえば、「複数の横画の長さ」という課題があったとき、学習方法は、

        • 横画の長さを異なる形で書いて、整える。
        • 横画の長さをそろえて書いて、整える。

        の二通りを記述できる。(図13参照)この内bの方が

        • 一字あたりの学習内容が少ない(覚えやすさ)
        • 複数の横画のある字に可能であり、汎用性が高い(覚えやすさ)

        という点で合理的だといえる。この点については、常識の範囲から検証の必要はないと思われる。次に、bの学習内容は、

        • ほぼ同じくらいの長さで書く
        • 各字種ごとの一画強調する画を知る(「書」なら2画目)
        • 一画強調をする

        と記述できる。その合理性は、

        • 長さをそろえて書くと、整って見える(読みやすさ・美感)
        • 一画強調すると、(?)

        の二点と考えられる。前者はある程度常識の範囲内としても、後者の合理性については字体識別上の問題(読みやすさ)、美感など何らかの説明と検証が必要かと思われる。


      3. 筆記具の持ち方を例に
      4.  先に汎用性の高い学習内容として、「筆記具の持ち方」をあげた。書写教科書にはいわゆる正しい持ち方の図が示され簡単なコメントが付されていることが多い。しかし、児童・生徒の持ち方の実態は、これと異なる場合が多いという指摘がなされている。実際にいわゆる正しい持ち方でなくとも、書字が可能ことは事実である。いわゆる正しい持ち方の合理性として、福宿*25・西河内*26・押木20その他をまとめると、

        • 字形の品質のため(読みやすさ)
        • 書字運動の容易さからくる適切な制御
        • 書字運動の大きさ
        • 疲労との関係(書きやすさ)
        • 姿勢との関係(外的要因)

         などがあげられる。福宿などは、字形との品質について検証的研究をおこなっているとはいえ、これらはまだ仮説の段階であり、検証が必要かと思われる。

    3. 規則性と例外則
    4.  汎用性を高めるには、規則性を重視することになる。

       たとえば、先の「5-1-1 横画の長さを例に」において提示した例は、「1ほぼ同じくらいの長さで書く」「2一画強調をする」のうち、1が主となる規則となり、例外として2の一画のみ長くする画が存在すると考えることができる。一画強調の考え方それ自体が、少なくとも他の画の長さが比較的短くほぼそろっていることを前提としているからである。どちらの学習が先かという視点で見ても、1から2という学習になると考えられる。汎用性を高める上で、主たる規則と例外則との明確化は、意味を持つ。

       また、書写の学習内容には、一見矛盾する規則もある。たとえば、『筆順指導の手びき』*27の「本書の筆順の原則」において、原則1「横画がさき」と原則2「横画があと」とでは、解説によらなければ、矛盾していることになる。主たる規則と例外則とに整理すること、例外則をできる限り少なくする工夫も、汎用性を高め、学習効率を良くすることにつながる。

      1. 規則性と例外則の明確化(横画の長さ・接し方を例に)
      2.  主たる規則と例外則との整理について、例をあげ考察する。宮澤1が「文字生成過程の休止点」、平形が「空間的要素と時間的要素」の説明の一例として、「口」と「日・田」とで接し方が区別されることを述べている。これについて、次のように解釈し記述することができる。


         「□」型に作られる文字は、

         1 主たる規則:折れの下部(線上)に横画が接する

         2 例外則  :「□」の内部に筆順上点画が含まれない場合、
                 縦画の終筆部(端点)に横画が接する

         と考える。その理由は、図 14のように、

         1の合理性: 字体上、接すべき点画は、接する方がより望ましい。(読みやすさ)
                一点を通過する点画を書くよりも、ある範囲の線分に接する点画を
                書く方が容易である。(書きやすさ)
         2の合理性: 行書のように、書きやすさが比較的優先される場合、厳密に接する
                必要がない。(書きやすさ)
               Z型運動の容易さから(書きやすさ)

         と説明できる。

         以上の考え方に賛同が得られるかどうかは別の問題として、このように規則と例外則を明確にすることが、汎用性を高め、どちらがより基本的な事項かを明らかにするはずである。

      3. 例外則を減らす工夫(筆順を例に)
      4.  「本書の筆順の原則」における矛盾は、解説を参照することにより例外則であることがわかる。筆順については、早い時期に久米*28によって「例外的な考え方」の問題点が指摘され、「筆順原則表(試案)」が示されている。このような例外則をより少なくする工夫について、その後研究が大きな広がりを見せていない点で残念である。また図 15に示す押木ら*29の+型運動・Z型運動の研究から、「+型運動の優先」と「部分形におけるZ型による終了」などの観点からも検討されて良い問題だと考える。

         このように、例外則をできる限り少なくする工夫も、汎用性を高め、学習効率を良くすることにつながると考えられる。


    5. 難易度と品質・汎用性(間隔を例に)
    6.  書字される字形の品質などにおいて、より高いレベルを求めた場合、難易度が上がり汎用性も下がる可能性がある。例として、「複数の横画の間隔」を考える。学習内容は「複数の横画間の間隔は等しく書く」と記述できる。汎用性は高く、合理性も常識の範囲内で検証の必要も低いと思われる。一方、これを横画のみでなく口形などにも適用させていくことも考えられる。ただし、人間の通常の書字活動において、厳密な意味で等間隔に書くことは難しいはずであり、図 16のように多少広すぎたり狭すぎたりすることは十分あり得る。「寺」の「土」と「寸」の間隔、「事」の「口」部と他の横画の間隔について着目したとき、前者は狭い方が、後者は「口」部の広い方がより自然に感じられ、書写教科書のいわゆる手本類にもこの傾向が見られる。規則性を考えると、「閉空間は、開空間より広めに書く」ことになり、この理由としては抽象論ではあるが森*30の「囲まれた空間は重く強く感じ」られることなどがあげられる。

       このことを踏まえたなら、

       1複数の横画間の間隔は等しく書く
       2横画以外の閉空間は広く、開空間を持つものは狭い方が望ましい

       という二つの学習内容が考えられることになる。2は、1の例外則ともとらえられるが、この場合より詳細な理解とすべきであろう。2の学習は、理解という側面からは難易度が高く、逆に書字運動という側面からは、等間隔に書かなくとも整うということから難易度を低くする可能性を持つ。2の学習をおこなうか否かについては、知的理解能力と手指の調整能力との関係および発達段階から考慮しなくてはならない。

       この例のように、汎用性を実際の指導に生かすためには、発達段階における能力を踏まえた研究の必要がある。


    7. 統一的な理論化による汎用性・合理性の向上の可能性(心理的ポテンシャル場を例に)
    8.  例外則をできる限り少なくし、適用範囲を広げる(汎用性を高める)努力は、規則性の強化につながる可能性が大きい。多くの学習内容に当てはまる統一的な理論化へ向けての研究は重要な意味を持つと予測される。例をあげて考察する。

       これまで、字形について合理的に説明された例として、平形*31による、左右の部分形のバランスについての心理的ポテンシャル効果の考え方が、非常にわかりやすい。図 17左上の図のように、押木ら*32によってある程度の適用可能性が示されている。また、1/r2の考え方自体は小中学校での指導に適さないとは言え、図 17左下のように、「縦画や斜めの画が上・下に出るときは高く、横画が上・下になるときは低く書きましょう」といった形で、小中学校での教育実践にも使用可能である。

       この考え方について、平形2はいくつかの応用の可能性を示唆している。図 17の右側にあげた「閉空間」「文字の大小関係」がそれに該当すると思われる。「閉空間は広めに書く」については、図 16で例示したものであるが、その法則性としてポテンシャル値の高さから説明できるのではないかという仮説がたてられる。「文字の大きさの関係」は、「口」「十」という字を比較した場合、「十」「口」の外接矩形の面積を同じにしては、「口」が大きく見えてしまう。かといって、字種ごとに大きさを学習していくのは負担となる。このことについて、中心もしくは重心から等距離にある枠をイメージし、その地点でのポテンシャル値の高さから説明できるのではないか、という仮説がたてられる。

       また、平形は「問」などの字において、口を上方に位置させるべきことについて、はねの虚画効果・重心・群化効果の3点から説明している。しかし、左右の部分形の場合と同様に、縦画・横画の下部それぞれに発生するポテンシャル値から説明できるのではないかという仮説がたてられる。「横画の長さと幅の問題」については、「青」の例のように上部の横画の長さにくらべ、下部の「月」の幅を狭く書いた方が整って見える。これは左右の部分形の例を縦方向に応用できるように思われ、汎用性を高められる可能性を持つ。

       これらの仮説を検証のための研究が望まれるわけであるが、その真偽・適用可能性はともかくとして、できるだけ少ない学習内容で多くの書字に応用が利くよう、統一性のある理論の構築が望まれる。


  9. 書写指導の基礎研究における課題
  10.  汎用性・合理性について、教育実践の場に生かしていくためには、別視点での研究が必要となる。本稿では、主として学習内容論からの考察をおこなっているが、実践化のためには学習者論などによる難易度の検討も不可欠である。また授業論として、先に2-3-3 で述べた、書写学習の内容を常に生かしていく意識化のため方策とその研究も、一つといえよう。その他の問題について、いくつかあげておきたい。

    1. 動的視点と静的視点の統合
    2.  書写に関する学習内容は、歴史的にみれば「用筆法」と「結構法」といったように、また現代的にみれば「筆使い」と「字形」といったように、手腕の動きに関することと、それによってできあがったものとに分けて考えてきた。説明する際に、こういった視点が有効であると考える。しかし、本来的には点画や字形にしても書字運動によってできあがることに変わりはなく、それらが視点の違いでしかないことがわかる。すなわち学習時の説明のしやすさ、理解のしやすさによって、動的にとらえたり静的にとらえたりしているわけである。このような視点の違いについて、図形的と運動的・形状と運動・平面と時間・ダイナミカルとスタティックなどさまざまな表現が可能であろうが、本稿では動的視点と静的視点としておく。

       平形2は、字形原理の説明において、「空間的要素(図形的)」「時間的要素(運動的)」から説明している。また、宮澤1は字形の説明において「文字生成過程の休止点」という動的な説明が可能であることを示している。これらは、まさに動的視点と静的視点を統合する必要を示しているといえよう。合理性の理解において、動的視点と静的視点を統合することは大きな意味があると予測する。

       近代まで、動きを記録し分析する方法はほぼなかったといって良いだろう。大正期において筆圧・筆速の記録分析*33がおこなわれた程度である。この測定では、書く過程の筆圧・筆速のグラフと書き上がった字形とは残るものの、それぞれが分離したデータとして得られるに過ぎなかった。一方、現代ではビデオにより動的に字形等ができあがる過程を記録できることはもちろん、コンピュータとペン入力装置は、ペンの位置・筆圧を時間と関連させて記録することができる。これらの機器の利用は、動的視点と静的視点の統合を加速するはずである。

    3. 学習者の能力の分離把握と発達段階
    4.  静的視点と動的視点の統合の問題とは逆に感じられるかも知れないが、学習者の能力の把握においては、静的視点と動的視点それぞれを分離した把握の必要性が予測される。

      1. 図形認識・記憶能力と運動調整能力および運動性の記憶の分離
      2.  たとえば書写の授業において、教師が学習効果の低い児童生徒に対し、一様に「もっと手本をよく見て手書きましょう」「何度も練習すればうまくなるよ」といった助言・指導をおこなうことは、十分あり得る。この時、学習者によって、静的には字形を十分把握できていて動的に手指の運動調整能力が劣っている場合と、その逆の場合が考え得る。現状においては、このどちらが原因で学習効果があがらないかをとらえるすべはなく、勘や経験を頼りにしている。

         一方、大脳生理学の研究は進んでおり、一般向け概説書においても、書字運動が小脳における運動性記憶の可能性のあることについて述べられている。筆者はこれについての専門的知識を持たないが、文字の言語としての意味・音およびその運用能力を別にして、図 18のような能力の分離を仮説としてあげる。

         本稿でいう合理性や汎用性を用いた理解を伴う学習は、主に「調整する段階」を促進するものということもできよう。この部分を意識することなく適切な運動性の記憶を形成できる学習者と、そうでない学習者がいることが、単純なドリル的学習のみではいけないとする理由とも考えられる。

         このように各能力別に把握することができれば、汎用性を用いた理解を伴う学習をより効果的におこなうことが可能になるはずである。大脳生理学の進展を待つのみでなく、これらを簡易的にでもとらえていく方法の検討も必要だと思われる。


      3. 学習者理論の推進と発達段階の把握
      4.  前項におけるそれぞれの能力発達を踏まえることは、学年別の学習内容の配当に有意義である。個人個人の図形認知の発達・手指調整能力の発達は、実践に重要な意味を持つ。残念ながら、現状においては指導者等の経験において、学習内容の配当がなされている。何らかの手だてにより、各学年におけるそれぞれの能力を把握する方策なしには、次世代に書写教育研究における学習者理論の構築はあり得ないかも知れない。さらに、学習者個々人について、それらの能力および発達を把握していくことも考えられる。

    5. 系統性の整理の問題
    6.  これまで述べてきた課題を解決することは、学習内容の系統性を一層明確にかつ詳細にするものと思われる。

      1. 「AはBである」
      2.  教員養成用のテキストにおける近年の大きな進歩として、『書写指導 小学校編』4を例にとれば、「指導内容の全体構造」「字形の要素の系統図」といった形でその系統性が示されていることと、「〜のポイント」として「AはBである」もしくは「AはBにする」といった汎用性のある形による内容の提示があげられる。後者の提示方法は、内容そのものを法則的に表現しており、できる限り「Bである」もしくは「Bにする」部分の明確化を進め、系統化をおこなう必要がある。

      3. 系統性における整合性
      4.  前項に例示した「字形の要素の系統図」は、非常に有効なものと思われる。ただし、今後の研究成果によってはまだ改良の余地がある可能性も忘れてはいけないはずである。たとえば、「点画の組立て方」であれば、「長短」「方向」などの学習内容が下位に位置している。一方「部分形の組み立て方」では「左右」「上下」「内外」という字体の構造が示されている。これは、学習者・教育実践者の理解という点で適したものだと考えられる。一方、研究場面において整合性を考えるなら、統一しておくこともあり得る。字体の構造によって統一するとすれば、「点画の組立て方」の下位に「交わりのある字」「複数の横画のある字」などが位置することで、「左右」「上下」などと整合するはずである。ただし、煩雑は免れない。一方、学習内容によって統一するとすれば、「部分の組立て方」の下位に「部分の形(さらに下位に点画の組立て方と部分形全体の整え方)」「位置関係」「大きさの関係」が位置することで、「長短」「方向」などと整合するはずである。この例が適切なものかどうかは別として、これまでの書写教育研究の成果をさらにより良いものとすることが必要だと考える。

  11. まとめ
  12.  後生に伝えていくべき文字を書くことに関する文化、日常の書くという行為のための学習目的は、厳然としてそこにある。それを目の前の子どもたちや環境に適する形で、効率良く学習させていくために、基礎基本・汎用性・合理性という視点によって整理した試みが本稿であるともいえよう。書写の学習内容をより良いものにしていくため、その時その時の研究課題をこなしていくというやり方もあり得るだろう。一方、研究構造の枠組みを考え、視点を共通にした上で、系統的に研究していくということも効率的なはずであり、本稿の趣旨はそこにある。

     もちろん、さまざまな研究構造論があり得るはずであるが、このような論考が本分野において少ないのも事実であろう。本稿はさまざまな問題点を持つ危険性がある。しかし、本稿を踏み台としたより良い方法論により、書写教育学が進展することを祈るものである。

     その研究成果を教育実践の場に生かされる次元まで教材化し、授業実践からのフィードバックを得てより良いものにすることは、書写教育研究者に課せられた仕事である。本稿の主たる部分は、その研究成果を出すまでの方法論であることにも留意しておきたい。


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  2.  平形精一「書写書道教育における基礎・基本について」/『書写書道教育研究』第13号,p.119- 130,1998.3
  3.  『小学校学習指導要領』/文部省,1998.12 , 『中学校学習指導要領』/文部省,1998.12
  4.  全国大学書写書道教育学会編『書写指導 小学校編』/萱原書房,1996.3
  5.  三浦和尚「国語教育の立場から」/研究フォーラム 書写書道教育の未来を拓く, 日本教育会館, 1999.8.1
  6.  『小学校学習指導要領』/文部省,1989.3 ,  『中学校学習指導要領』/文部省,1989.3
  7.  松本仁志「中学校教員養成のための書道(書写を中心とする)に関する基礎的研究」『書写書道教育研究』第10号,p.71- 81,1996.3
  8.  久米公「生きる力を育む書写書道教育」/第39回書写書道教育研究会長野大会講演資料,1998.9
  9.  「常用漢字表」内閣告示・内閣訓令,1981.10
  10.  『書法正傳』/上海書画出版,pp.96-106,1985
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  12.  上條信山『現代の書教育』 /木耳社, 1965.9
  13.  須永他「書写指導のための学習漢字の分類」/『書写書道教育研究』第2号,p.119- 130,1988.3
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