部分形から構成される漢字は、平形*4のように、
本研究は、「左右」の部分形から構成される漢字について、その部分形の大きさ(縦方向)に限定し、「字座(ポテンシャル場)」に類する特徴量の定義を試み、計量的手法により、平形説を検討したものである。部分形から構成される漢字の字形感覚を明らかにするとともに、同字形のコンピュータによる自動(客観)評価および書写CAIの可能性を示すことを目的とする。
具体的には、まず左右から構成される漢字18字種を選び、左右の高さを10%ずつ変化させたサンプルを作成した。つぎに、70名の大学生を対象に、作成サンプルのバランスの適不適についての主観評価の調査をおこなった。さらに部分形の大きさが表現されるであろう特徴量を定義し、サンプルについて、コンピュータによる特徴抽出をおこなった。これらの主観調査とコンピュータによる結果との統計的比較により、左右から構成される漢字の高さに関する感覚とその要素について明らかにした。(図2参照)
まず、主観調査Aとして、252サンプルを無作為に並べ、1サンプルごとに評価値をチェックする図5の方法をとった。その際、調査用紙1枚に同一字種で2サンプルとならないようにした。評価者は、サンプルの文字を見て、右部のスケール中をチェックすることで評価を行う。
次に、主観調査Bとして、252サンプルを1字種ごとに(11サンプル)並べ、評価値を記入する図6の方法をとった。評価者は、並んだ11サンプルを見て、上のスケールを参考に評価値を記入する。
このグラフより、主観評価Aの場合、拡大率100:100から100:120まで、すなわち基準を110%に置き換えたとき、左右部それぞれ10%程度の拡大に対しては、反応が鈍いことが読みとれる。この程度の左右部の大小差については、一般人にとって許容範囲になっていることが理解できる。 なお、字種別にみると、図7(右)のとおり、「持」のようにおおよそ平均値のグラフと近い形状を示すものが多いが、「和」「唱」の「口」など一部の部分形の場合は、拡大率による反応が鈍いことも留意しておきたい。
表2より主観評価Bの方が、サイズとの相関において 0.07ほど高い数値となっている。また図7(上)のグラフは、主観評価Bの方が、拡大率に対する反応が大きいことを示している。しかし、主観評価Bは、各サイズの文字が並んだものを見つつ評価をおこなっており、先入観を持ちやすく、より自然な評価はAともいえよう。
本研究においては、主観評価A:Bの相関係数が0.96と極めて高いことから、主観評価A・Bを平均として用いることとする。(ちなみに、回帰式は、主観評価B=主観評価A× 1.14 + 0.006 となる。)
次章以下の分析においては、主観評価A:B間の相関係数0.96標準誤差0.72を最高値と仮定し、サイズ:主観評価Aの相関係数0.88、主観評価Bの標準偏差1.06を一つの基準として、考察する。
また、コンピュータで取り扱う必要上、各パターンはデジタル化し、128*128に収まるパターンとして扱う。
その際、有効性の立証は、主観評価と抽出した特徴量との相関係数、および回帰分析をおこなった際の標準誤差によって確認する。回帰分析の結果は、そのまま自動(客観)評価の可能性を示すものとなる。
さて、比較的良い結果を示した特徴量としては、<部分別の文字パターンからの広がり量(高さ)>が0.83/1.19、そして<全体のポテンシャルパターン>が0.84/1.17という値を示している。さきに基準としてあげた、<サイズ:主観評価A>の相関0.88、<主観評価B>の標準偏差1.06と比較しても、かなり良い結果を示しているといえよう。しかし、図12のグラフによって<主観評価A:主観評価B>の相関および残差の平均と比べると、まだ良い数値とは言えないことがわかる。これらの結果を、「招」を例に示したものが、図13である。この図では上段で左部が徐々に大きくなり、下段で右部が徐々に大きくなるよう配置してある。これに対して、主観評価も−0.1から−4.1、0.3から2.8まで変化している。コンピュータによる計算結果は、上段では、三者とも多少の誤差はあるものの、ほぼ主観評価同様に変化している。それに対して、下段では、<広がり量(高さ)>と<ポテンシャル>の数値はかなりの増加が見られるのに対し、<外接矩形の高さ>は、バランスが「ちょうどよい」の数値のまま、ほとんど変化を見せていない。この例などは、当初の「相」の場合と同様に考えられる。
心理的ポテンシャル場の有効性という意味からは、どうだろうか。確かに<文字パターンからの広がり量>より<ポテンシャルパターン>が多少良い数値となってはいる。しかし、ポテンシャルパターンからの特徴量抽出にあたっては、広がりによって数値を引き出しており、一概に心理的ポテンシャル場が有効だということはできない。
筆者は、字座の概念が何らかの形で存在すると仮定した場合、それは段階的に存在するものでなく、漸次的な、すなわち点画から離れるにしたがって徐々にその文字の字座が弱くなるという概念としてイメージしたい。また、この方が横瀬の心理的ポテンシャルのイメージと重ねやすい。そして、ある字座の強さ、もしくはポテンシャルのある値において、左右の部分形等のバランスに影響し、またある強さ・値において、枠や罫線に対する字の大きさに影響を与えるとイメージしたい。
このようにイメージした場合、左右の部分形のバランスを示すのに適切なポテンシャル値の強さがあるのではないかと想像される。これを検討するために、ポテンシャル値の強さと、主観評価との相関の関係を示したグラフが、図14である。このグラフから、左右の部分形のバランスを示すには、ポテンシャル場の強さにして、0.10から0.15が適切であることがわかる。図11の「相」、図13の「招」では、外側から2番目の境界線が0.1、3番目が0.2を示す。このことは、視覚的にも確認できるであろう。
今回の調査では、平形のいう「第一次構成字座」に該当するポテンシャル値を確認することができたわけだが、これが一般的な理論となり得るかどうかは、さらなる検証が必要である。なお、罫線や枠に対する字座の強さ・ポテンシャル値については本稿の範囲を越えるため、機会を改めて考察したい。
<外接矩形の高さ>のグラフと<ポテンシャル>のグラフとでは、全体的にポテンシャルの方が残差が少ないが、全体的にはほぼ同様の形状をなしていることがわかる。その中で、特に<ポテンシャル>のグラフでは、「口」「日」「目」の部分形を含む文字(和・眼・暖・唱)のみが、1.0を越えている。
平形は、左右の部分形から構成される漢字のバランスを取る要因として、字座の他、「書写角」「分位感覚」「部分形固有の構造」をあげている。特に、部分形固有の構造については、「一般に、開放的構造より閉鎖的構造をもつ文字の方を小さく書くと相互に大きさの調和が保たれる」「閉鎖形はその周囲にほぼ一回り大きな字座が形成されるためにやや小さく書かなければならないが、開放形における字座はほぼ突出部を結んだ範囲にとどまることから、そのままの状態で視覚調整をしなくてもよいことになる」として、この問題も字座もしくは心理的ポテンシャル場によってある程度説明できるとしている。ただし、「口」「日」を例にあげた上で、「固有結構が字座の均等化のための変形に限界がある場合には、当然字座の原理が適用されないことになり・・・」としている。今回誤差の多かった部分形は、まさにこの平形の予測と一致している。
また平形は、他の要因である「分位感覚」について、「枠内に分割される空間をできるだけ等分にあけようとする分位感覚も強く左右する」としている。筆者は、「口」「日」などの部分形固有構造とされるものも、平形の分位感覚と関係しているのではないかと仮定した。そして、「口」「日」「目」という閉構造のみで構成される部分形に対して、簡易的な補正(補正値=被補正値×(ループ数+0.5)/ループ数)を試みた。その結果が、図15のグラフ中の補正1である。この補正により、閉構造の部分形をもつ「和」「眼」「暖」「唱」のみでなく、全体的に誤差が低下していることがわかる。また、この補正対象から写植サンプルのゴシック体・明朝体をのぞき、手書きと教科書体のみに補正した場合が、補正2のグラフである。補正2による相関係数は0.93、標準偏差は0.81ときわめて良い値を示している。この補正前後の数値について、サンプル「和」「植」を例として、図16に示す。
なお、現在のところ、文字パターンの広がり量(高さ)の数値には、補正をおこなうのに適切な要素を見いだすことが出来なかったことを付記しておく。
現在のポテンシャル値の計算は、かなりの時間を要すため、比較的高速に計算される類似量をいくつか定義した。そのうちの一つ(本稿末尾参照)によるパターンの例を図17に示す。この類似パターンによる結果を示したのが、表5である。これにより、類似パターンでもほぼおなじ、場合によっては高い相関を示すことがわかる。
このことからも、心理的ポテンシャル場の理論が、左右の部分形から構成される漢字字形に対する人間の感覚を、理論化しているとは言い切れない。現状では、何らかの関係がある、もしくは、説明するのに適する理論であるといえる程度である。この点を明らかにするためには更に高精度の実験を重ねる必要がある。
コンピュータによる自動(客観)評価、書写CAIの可能性という面からは、補正値の標準誤差が0.81であり、主観評価Bの標準偏差1.06を下回っているという点で、かなり実用性あるものといえるだろう。対象とした字種から、相関における最高値を示した「陸」と最低値を示した「研」について、主観評価とコンピュータによる評価とを、評語で示したものが図18である。コンピュータによる評価の適不適について、確認できよう。今回の実験結果より、字種ごとの(規範とされる字の)データベースなしでの自動評価について、かなりの可能性を示し得たと考える。
ただし、心理的ポテンシャル場の理論が、人間の感覚を理論化しているかどうかの問題について、今回の実験からは何とも言えない。また、今回の結果は、平形の説にほぼ当てはまる結果となった。これについては、字種選択の方法、同一筆記者の文字をサンプルとしていること、評価者が限られた選択であることからくる主観評価の妥当性の問題など、特殊条件下における検証であることに注意したい。対象字種・字形サンプルの多様化、主観評価値の妥当性の確認などにより、平形説および本研究結果が一般的理論となる得るかの検討をおこなう必要がある。
最後に、主観評価を担当してくれた金沢大学教育学部および金沢学院大学文学部の皆様に心より感謝いたします。