概形が整うことは、見た目上の美しさ、美感に関する事柄であろうと思われる。また、その字種の点画構成上、必然的にそのようになりやすい形状であると考えたとき、書きやすいという点においても有効だと思われる。また先の黒柳は、手書きの形が印刷用の形に近づいても実用上問題がないとしているが、現代の福田ら*9の実験によって日本人は漢字を全体として捉えトップダウン的な見方をしているという結果も示されており、筆者らはこの点について次のように考える。印刷用字形にくらべ手書きの場合、その安定性からいっても読みやすさの点で劣らざるを得ないと予想できる。そのため、仮に明朝体であればどの字種においても比較的方形に近い形状で問題ないが、手書きの場合、字種ごとに概形が異なった方がその視認性が高まるのではないかという考え方である。
とに分けて検討することとする。
を設定した。
コンピュータ上で字形を扱うためのデータ形式は、以下の通りとした。画像データは、128×128ドットの二値パターンを用いる。ただし保存形式としては、過去に押木*11が用いているデータ形式に合わせ、補助的なデータを含めることも考慮して8階調のパターンとし、1文字当たり128×128×3ビットの非圧縮、それに文字番号・字種番号・書字者番号(各2byte)・字種(10byte)・書字者名(20byte)・補助データ領域(2byte× 5)とした。これらの等長データにより、ランダムにアクセスできるものとした。
形状の設定・分類方法、そしてプログラミングは、先に述べたとおり書写書道専攻の学生らの主観に近い形でおこなった。これらの方法の妥当性を検討するために、学年別漢字配当表における1学年に該当する字種より「一」をのぞいた79字種について、書写教科書に掲載されている字形を用い、一般学生36名による主観との対応を調査した。その結果として、コンピュータが最も近いとした形状に対して、その形状を選択した学生の人数をパーセンテージで示したものが表4である。両者が一致したものは約70%にすぎず、少なからぬずれが見られる。このずれはどのように解釈できるであろうか。一致しない理由について、以下の要素が考えられる。
手書き楷書字形における偏差
各教科書会社別に縦横比を見た場合、表8のように平均値からある程度のばらつきがあることがわかる。また図13から、F社は縦長ぎみに、A社は横長気味に分布していることが読みとれる。また同じ平均値を示すD社とE社でも、ピークを持つD社に対し、平均的な分布をなめらかに示すE社とでは異なることがわかる。
次に、明朝と手書きの字形をそれぞれ多角形近似した上、重ね合わせ、その類似度を測定した。測定方法は形状の分類と同様の方法である。この結果から、明朝と手書きとでその概形に差が大きい字種30字種を表11に示す。
そのうち例として6字種のみ図17に載せた。表11に示す字種について考察すると次のようになる。まず左右の部分形からなる文字であり、左右の大きさが異なる字種が多く含まれていることがわかる。「呼」などがその例である。また、横画の長さの統一方法による違い、すなわち一画強調的な形状かどうかの違いが大きい。一般的な横画の長さの例が「至」であり、横画とはらいの関係が「東」、また縦画の長さが「責」、横方向への払いと横画との関係の違いが「手」ということになる。他に、単純な字形の違いとして「心」などがあげられる。学習要素としては、部分形の組立や点画の長さによって学習できる内容とも言えるが、概形の違いにも着目すべき字種である。
同様に、配当表と手書きとでその形状に差が大きい字種30字種を表12に示すと共に、その例として3字種を図18に載せた。左右の部分形の組み合わせ方による違いの他、払いや「成」の4画目などの特徴的な画の長さの強調などがその理由となっている。
次に、6社各字種ごとに各形状に分類した際、その字種で最も多く分類されている形状・2番目に多く分類されている形状を調べた。この結果と、各社の字形がそれぞれの形状と一致しているか否かを示したものが、表13である。2位までを比べた場合、E社とF社が7%と、6社中で平均的な形状をしている。また、12%を示したD社の場合、同じく表13の下段より、最も配当表の字形に近いことがわかる。
「少」を例に手書きと明朝の字形を図20に示す。この例では、手書き相互の差が、明朝と手書きの差より、大きいことがわかる。
ここで、手書きの字形どうしを重ね合わせ、形状の分類と同様の方法でその類似度を測定した。すなわち、6社総当たりで1字種当たり15回、計15075回の計算をおこなった。各教科書間で概形に差が大きかった字種上位30字種を表14に示すと共に、その一部を例として図21に載せた。明朝と手書きとで差の大きい字種では、左右の部分形から構成される字が多くを占めたが、手書き相互の場合、横画もしくは冠、さらに払い等のいわゆる一画強調をどこでおこなうかといった問題に起因していることが読みとれる。このように規範とされる字形であっても、その形状にばらつきがあることを理解しておく必要があると考える。
*1 文部省『小学校学習指導要領』/大蔵省印刷局,1989 *2 『書法正傳』/上海書画出版,pp.96-106,1985 *3 水戸部・本田『小学校教授用 書法及書方教授法』/目黒書店、1913 *4 山口・岡田『書方教授の研究』/廣文堂書店,1913 *5 黒柳『黒柳式ペン自習手本』/大阪屋号書店,1922 *6 上條ほか『しょうがっこうかきかた』『小学校書き方』1-6年/学校図書、1996 今井ほか『しょしゃ』『書写』1-6年/教育出版、1996 金子ほか『しょしゃ』『書写』1-6年/光村図書出版、1996 大館ほか『しょうがくしょしゃ』『小学書写』大阪書籍、1996 栗原ほか『あたらしいかきかた』『新しい書き方』1-6年/東京書籍、1996 岡本ほか『わたしたちのしょうがくしょしゃ』『わたしたちの小学書写』1-6年/日本書籍、1996 *7 中村・上田「文字の配置と概形情報を用いた署名照合実験」/『奈良工業高等専門学校研究紀要』第19巻,1983 *8 横澤・萩田「外形からの推定実験に基づく人間と機械認識法の漢字特性の比較検討」/『電子情報通信学会誌D』Vol.J70-D No.7,1987 *9 福田・平高・福田「漢字の視覚情報受容に関する実証的研究」/『日本語教育』87号,1995 *10 山崎・井口・桜井「美しさを学習できる自律型書写CAIシステム」/『CAI学会誌』 vol3 No.2-3,1983.3 *11 押木「書写教育研究における字形分析の利用について−字形指導の計量的手法による研究法−」/『書写書道教育研究』第2号,1988 *12 堀・押木『手書き漢字字形の多様性に関する基礎研究−印刷用字形の影響および書字しやすい方向性を中心に−』/『書写書道教育研究』第11号,1997