金沢大学教育学部附属中学校講師 礒野美佳
株式会社インテック 澤田恵理子
上越教育大学助教授 押木 秀樹
本研究では、文字を見たとき感じる要素として、読みやすさと整斉感・うつくしさ・かわいらしさ・丁寧さ・大小などをあげ、これらの関係を明らかにしたいと考えた。またそれらが、世代によってどのように異なるかということについても考察をする。これらの結果は、書写教育研究におけるキーワードである、「読みやすいこと」「整っていること」などの概略を明らかにする意味を持つはずである。
書写指導の目標を学習指導要領 より要約すれば、「文字を、正しく整えて、読みやすく速く書くこと」となる。しかしながら、指導者でさえも「美しい文字を書くこと」が含まれていると思い違いをしていることがありうる。これは、学習指導要領に対する理解不足としてのみとらえるべきではなく、「整う」「読みやすい」という要素と、「美しい」という要素とが、人間の感性として近いことが予想できる。
この点に関連することとして、押木 は次のように述べている。 「読みやすさを感じる軸」と「美しさを感じる軸」があるとする。図の(A)(B)の交わり方は、相関を示していると考えてほしい。(中略)私たちの意識としては、(B)のように美しい文字と読みやすい文字との間に、ある程度の相関があるのではないかという考え方ができる。
これに加え、「整っていること」と「読みやすさ」との関係がどのように構造化できるかという点も、書写教育研究の課題の一つと考えられる。
これを明らかにする方法としては、2つの方向性があり得る。1つは、具体的な字形の要素に対して、整斉と読みやすさとの関係を見ていくことである。もう1つは、自然筆記された文字に対し、多人数の感じ方の調査をおこない、この相関を求めることで概略をつかむことである。前者は、書写教育研究の進展に直接的に寄与する可能性が高いが、複雑である。一方後者は、詳細な結果が得られないとはいえ、前者の研究の前提としての概略をつかむことが比較的容易なはずである。本研究は、この後者にあたるものである。
本研究は、中学生から60代までの自然筆記によるサンプルに対し、やはり中学生から60代までの被験者が感じることを、SD法で調査する。調査項目として、「読みやすさ」「整っている」に焦点をあて、それらを構成する要素は何かを探るための項目も用意する。これらの結果を、相関および因子分析によって、手書き文字に対する「読みやすさ」と「整っている」との関連、またそれらを感じる要素、および世代による差を検討する。なお、関連する研究として、塩田ら の筆跡と性格の関係があり、これもSD法を用いている。研究目的が異なるため世代差等についてあきらかになっていないものの、文字に対するSD法の使用例として参考になるものである。
本研究の調査は、次の手順で行った。
1.サンプルの作成 2.調査項目の決定(予備調査) 3.アンケート調査 4.分析(全体・サンプルの世代別・被験者の世代別)
手書き文字サンプルを収集し、その中からアンケート調査に使用するものを決定した。
以下のようにサンプルの収集をおこなった。
前述の方法により収集した、世代5×男女2×10名×意識3=300サンプルの中から、調査に使用するものを選択した。中学生・高校生・大学生(20代)・50代・60代以上の各世代の男女1サンプルずつ、計10サンプルをランダムに選択した。
SD法で用いる調査項目の決定をするために、予備調査を行った。SD法による調査の実施については、岩下 を参考とした。本研究においては、手書き文字の提示をコンセプトとし、被験者が手書き文字から感じることの異同関係を把握していくということになる。本研究では「読みやすい」と「整っている」に焦点を当てることから、あらかじめこの2項目は決定しているものとする。それ以外の項目を決定するための予備調査である。
以下のように調査をおこなった。
上記の調査で得られた感想より項目を抜き出し決定する手順について、概略のみ記す。 感想の中から、多かったものとして「雑である・やさしい・まじめ・あたたかみがある・上手・女性らしい・力強い・堂々としている・かたい・かわいらしい」等を抜き出した。抜き出したものを、さらに同意語・類義語について整理し、絞り込んだ。
例:雑である→乱雑 女性らしい→女性的言い換えた言葉に対義語を付け加え、調査項目とした。
例:乱雑←→丁寧 女性的←→男性的
これらの過程を経て、決定した調査項目を、データ作成の都合上、(十)と(一)とに分ける。一方、評定段階を「3:非常に2:かなり1:ややO:どちらでもない」の7段階に定めた。このように作成したものが、図 3である。なお、上記の項目のうち、A・C・E・F・G・I・Kに関しては実際の調査時に左右を逆転させた。これは、尺度の左が(十)方向、右が(一)方向といった一様性を避けるためである。また、(十)(一)の設定については研究上便宜的なものであり、A「男性的←→女性的」などについて、価値のプラスマイナスの意味を持たないことをお断りしておく。
予備調査をふまえ、以下のようにSD法による調査をおこなった。
以上によって得られたデータを分析し、次の順で考察する。
全世代・全サンプルを通して、すなわち世代差に関係なく、項目間の相関を考察する。
「読みやすい」「整っている」それぞれについて、相関の高かった項目順に並べたものが、表 1である。
まず「読みやすい」と「整っている」との相関は、0.66と高い数値となった。またこの表から、相関が0.4を越える第4位までを見たとき、「読みやすい」「整っている」ともに相関の高い項目が同じことである。このうち、「丁寧」と「きれい」とが入れ替わっており、「読みやすさ」は「丁寧さ」と、「整っている」は「きれい」と近い。しかしその差はごくわずかであり、また「きれい」と「丁寧」の相関が0.74と高いことから、これらを「読みやすい」と「整っている」との差として重視することはできない。その他の差としては、「繊細」という項目が「整っている」に対し比較的高いが、「読みやすさ」ではほとんど関係が見られない。このことは、ごくわずかとはいえ、プラスマイナスの逆転という意味で、次にように書き表すこともできる。
また、今回の調査では、「大きい←→小さい」・「のびのびしている←→こぢんまりしている」などの項目は、「読みやすい」「整っている」に対して、ほとんど相関がみられなかった。
「読みやすい」「整っている」以外の項目間の関係をみるために、相関係数行列および因子分析結果から考察をおこなった。因子分析の結果について第3因子までを、図 4に示す。この結果および相関係数行列の結果より、文字に対する感覚は3つに分類できると考える。
この結果は、@整斉系、A大小強弱系・B雰囲気系という形でとらえることもできよう。塩田ら3の調査とも一致しており、一般の人の文字に対する捉え方を示しているといえよう。一方、@整斉系に属するそれぞれの項目の差を知るためには、具体的な字形特徴とこれらの感覚との関係から調査をおこなう必要があることもわかる。
なお、相関係数行列・因子分析双方の結果から、「男性的」が@「丁寧・乱雑」「きれい・きたない」「整っている・崩れている」「読みやすい・読みにくい」系の反対の概念になっている。「男性的」な文字は、きれいでなく読みにくい、さらに解釈すれば女子は字がきれいであるべきだといった傾向が全体に見られることは、注意すべき問題ともいえよう。社会的に読みやすい文字を書くということは、本来男女の差なくおこなわれるべきことで、このような意識は書写指導において妨げになる危険性もある。
全サンプルを通して、各世代ごとに項目間の相関を考察する。
「読みやすい」「整っている」それぞれについて、各世代別の相関を示したグラフが図 5である。図 5から、各世代別の相関について見ても、特徴的な差は見られないように感じられる。
ただし、年齢層が上がるにしたがって、「読みやすい」「整っている」それぞれについての相関の幅が狭くなっていく。このことは、年齢が上がるにしたがって、それぞれの要素を独立したものとして感じているもしくは評価値に大きな差がなくなっているという考察が可能である。これらの問題は、各サンプルに対する評価値からの考察により探っていく必要があろう。
以下、相関をみるに当たっての中心となる項目を変えたグラフから読みとれることについて考察する。
「男性的・女性的」を中心とした相関係数のグラフを見たとき、特徴的なことに気付く。さらにわかりやすいグラフとして、中学生に限定した因子分析の結果を図 6に示した。全体の因子分析結果(図 4)と比較してほしい。全体の結果にくらべ、中学生の場合は「大小」の項目が因子2ではほとんど影響を与えることがなくなり、逆に「男女」が上位に位置している。全体の結果において、「男性的」が「丁寧・乱雑」「きれい・きたない」「整っている・崩れている」「読みやすい・読みにくい」系の反対の概念になっていることを先に述べたが、それに加え中学生の場合は「強い」「大胆」という感覚の結びつきが強いことになる。このことは、中学生段階の意識として、文字にまで性差の意識が強く入り込んでいるといえよう。
文字に対して強い感覚であろうか、それとも他教科など一般に共通する感覚であろうか。男子は強く大胆であれば字が汚くてもいいという感覚があるとすれば、書写指導の意義の理解、また意欲的に取り組ませるための動機付けを工夫する必要がある。
次の問題として、「丸みがある・角張っている」という感覚を中心とした世代別相関を、図 7に示す。40代をピークに30代から50代まで「丸みがある・角張っている」という項目と、「温かい」「かわいい」「きれい」「整っている」「丁寧」との相関が高まっていることが特徴的である。
山根の定義による「変体少女文字」の誕生は1974年、急速に普及したのが1978年となる。調査時における40歳は、1974年における15歳である。このことから、上記の結果が「マンガ文字世代」との関係から説明できる可能性もあり得る。
各サンプルに対し、各世代ごとの評価者が感じた数値を平均したグラフから読みとれることを中心に考察を進める。
「整っている・くずれている」について、サンプル別の評価値をグラフ化したものが、図 8である。サンプルGHIJは年代が上がるにつれて4項目ともプラス傾向にある。特に、GIJは40-50代の被験者を境としてマイナスからプラスへ転じている。これらは、いずれも50-60代によって書かれたサンプルであり、近い世代によって書かれた文字についてより「整っている」と感じている可能性がある。
一方、図 9の「読みやすさ」のグラフを見ると、先にあげた内のIは、中学生から60代まで「読みやすさ」の評価値が約2.0増加しており、特徴的である。このIと交差する形で、「読みやすさ」が減少するFは対照的である。これらの差を、単純に各世代の好みととらえて良いだろうか。
このIとFのサンプルを図 10に示す。主観的に比較して異なることは、大きさ・改行位置などが考えられる。これに加え、Fが楷書的であるのに対し、Iは行書で書かれている。同様に、GIJはサンプルの中でも行書的な要素が多い。このことから、次のように考察することができる。
「整っている・くずれている」という意識として、比較的若年層は行書的な要素を持つものを「くずれている」と捉え、同高年層は別の視点で見ているということである。「くずし字」という概念もあることから、ある部分うなずける結果である。しかし、今回の調査では「整っている」という項目と対にしており、疑問も残る。行書で手書きすることの意義について、若年層が十分捉え得ているかという問題を示しうる結果といえよう。
また、「読みやすさ」という点で、比較的若年層は行書的な要素をもったサンプルに対し読みにくく感じ、同高年層は別の要素から読みやすさを感じている。
先に、今回の調査結果からは、大きさ等が「読みやすさ」と関係しないという考察をおこなった。しかし、文字の大きさや配置配列などが、「読みやすさ」に関係していないとはいえないはずである。
サンプルJは、先のサンプルIと同世代であり、「整っている・くずれている」のグラフ(図 8)では似た曲線を描く一方、「読みやすさ・読みにくさ」のグラフ(図 9)では、Jがかなり下回る結果となっている。筆者らの主観的観察から、両者は行書的要素を同程度もち、字形的にもそれほど極端な差がないように感じられる一方、IにくらべJは字が小さめで字間・行間が少ない。
極めて主観的な観察であるが、少なくとも大きさ等については「読みやすさ」と関係しないという先の考察結果は、一般化できない。
4-1 において、年齢が上がるにしたがって、それぞれの要素を独立したものとして感じている、もしくは、評価値に大きな差がなくなる可能性について述べた。これについて、本章において用いたグラフ図 8・図 9では、年齢が上がるにつれて評価値の幅が狭くなる特徴を示している。とすれば、上記の仮説のうち、評価値に大きな差がなくなる、すなわち反応の鈍化の可能性も否定できないことになる。しかし、それを否定すべき結果もでている。図 12は、具体的な項目である「大・小」と比較的具体的といえるであろう「強い・弱い」のサンプル別・世代別評価値を示したものである。これらのグラフにおいては、世代が高くなるにつれて評価値が0に収縮することはない、すなわち反応が鈍くなることは観察されない。
図 8・図 9の「読みやすさ」「整っている」のグラフと、図 12の「大・小」などのグラフから、現時点でいい得ることとしては、比較的高年齢層では多少行書的に書かれていても「読みにくい」「崩れている」と感じにくくなりその分、楷書的な文字に対しての読みやすさの優位性も低くなっているという理解が妥当だと思われる。この行書的な書字に対する感覚の差が、書字・読字経験の長さによるものなのか、それとも学校教育段階における行書学習の差なのかは、本研究で明らかにすることができない。しかし、仮に後者だとすれば、大きな問題といえよう。
本研究においては、SD法によって手書きされた文字に対する感覚の調査から考察・分析をおこなった。それにより次のことが分かった。
全体の特徴より
1から次のことがいえる。書写の目標としてあげられる「整っている」こと「読みやすい」ことそれぞれ相関が高く、「整っている」と感じられる文字を書こうとする意識が、「読みやすい」文字を実現する可能性を持つ。また、書写の目標に明文化されていると誤解されがちである「美しい」といった感覚については、一般の人々の感覚としては「きれい」な文字を書こうとする意識が、「読みやすい」文字を実現するための要素として捉えられているともいえよう。「丁寧」についても同様である。
ただし、どの項目についても、たとえば丁寧に書こうとする意識によって書かれた文字が、必ずしも丁寧に感じられる文字になるという確証はない。書写指導において、丁寧に書きさえすれば読みやすい文字が実現できるという思いこみは、避けねばならない。また、注意すべき点として、「読みやすい」というのも感覚的なものである。なぜなら、全サンプルが同じ文章であり、実際に読むという活動をせずに判断しているからである。本研究の成果は、この2点に留意する必要がある。
2については、塩田らの結果とほぼ似た結果といえることから、一般の人の文字に対する見方をある程度把握できたといえよう。ただし、本研究の主旨からしても、重要な点である@整斉系の感覚を構成する要素について考察することはできず、具体的な字形特徴とこれらの感覚との関係から調査が必要である。
3については、「読みやすい」「整っている」に対する他項目の相関を見たとき、そこに世代差はみられなかった。情報機器の普及・印刷用書体の多様化などの問題があげられるが、本研究においては「読みやすい」「整っている」ことについて、それらの影響は少ないといえよう。一方、世代別の相関について他項目をみた場合、4の「丸さ」についてある世代に特徴がみられ、丸文字の流行といった時代的な特徴を反映している可能性も否定できない。
本研究から、書写指導を考える上での問題点もみられた。一つは、5の性差の問題である。全体的に男性的に感じられる文字は、雑で汚く整っていなくて読みにくいという意識がある。特に、中学生においてこの性差の意識が強く、男子は字が汚くてもいいという意識が中学生の根底にあるのではないかと考え得る。中学校における書写教育において、その意義を考える指導の必要性もうかがえる。
また筆者らは、同世代によって書かれた文字に対し、「読みやすい」などの点で高い評価を出す可能性を予測した。しかし、それはほとんどみられなかった。一方、これを考察するため、サンプル別の評価値の考察と、相関係数行列による考察から、6の行書に対する意識の差を見いだすことができた。若年齢層において、行書の意義の理解が十分ではない可能性もありうる。これも中学生段階の問題として、行書の意義やその特徴に対する理解と、実用的に用いることができる能力の育成が望まれる。
本研究で得られた概要が、感覚と具体的字形特徴などとの比較研究への手がかりとなること、また個々の考察内容が書写指導に対して生きることを祈りたい。