書写指導の目標論的観点から見た筆跡と性格の関係について

松任市立北星中学校講師 塩田由香

金沢大学大学院     田中有希子

金沢大学教育学部     押木秀樹

  1. はじめに

  2. 筆跡と性格の関係については、古くから関心が寄せられてきた。西洋ではGraphology(筆跡学)が発達したことに、中国・日本では「書は人となりをあらわす」「字は人をあらわす」といった考え方に、象徴されるとおりである。客観性・科学性の高い研究成果として、日本では黒田・槇田らの研究が知られる。

    一方、筆跡と性格の関係と、書写教育とは直接結びつかないように思われる。しかし、文字を美しく書きたいという欲求の元にこの問題が関わっていることを、見過ごすことはできない。1993年に金沢大学学生を対象に実施したアンケート結果を表 1に示す。美しい文字を書くことに意味があるかという問いに対して、95%の学生が、「非常にある」もしくは「ある」と答えている。また、読みやすい文字については同様に98%を示す。「美しい文字…」の理由について、回答は「感覚的意義(好悪感)」に続き、「人格との関係」が3割を越える。読みやすい文字の理由としても、1割を越える数となっている。「字は人をあらわす」という考え方が人々の意識のなかにあることがうかがえる。書字学習の動機の一つとして、無視できない点と言えよう。また、どのような筆跡が、他の人に良い印象を与えるのであろうか。この点は、書字学習の目標設定において有効であると思われる。

     本研究はこうした背景を踏まえ、大学生を対象として、筆跡と性格との関係および筆跡から推測される性格について調査をおこなったものである。これにより、「筆跡と性格は関係があるか」、「筆跡によって書き手の性格はどのように想像されるか」という問題を明らかにすることを目的とする。この調査結果は、直接的に書写教育に寄与するものではないが、間接的に書写指導の目標論・内容論に通ずるものと考えられる。


    研究の全体構造は、図 1のとおりである。まず、58名の大学生を対象として性格検査をおこない「実際の性格」を把握するとともに、「筆跡」を採取する。次に採取された「筆跡」を49名の観察者が観察することで、「筆跡から想像された性格」(以下、「想像された性格」と略称)および「筆跡から受ける印象」のデータとする。これらのうち、以下の2点について分析し考察した。1つ目は「実際の性格」と「想像される性格」との関係、2つ目は「想像される性格」と「筆跡から受ける印象」との関係である。前者においては「筆跡を見て性格が予想できるか」という問題を、後者においては「筆跡によって、書き手の性格は(他者から)どのように捉えられるか」という問題を考察する。


     

  3. 研究方法および印象調査項目の設定
  4.  本研究における具体的調査は、次の手順でおこなった。

    以下、この内容について述べる。

    1. 「筆跡」サンプルの採取および性格検査
    2. まず、次の被験者を対象として、「筆跡」サンプルを得るとともに、性格検査をおこなった。

      1.  筆跡サンプリング
      2.  下記の条件により、被験者に筆記してもらう調査をおこなった。

        〈調査所要時間〉 約30分 

        〈筆記条件〉

        • 横書き
        • 書き写す文は、表 2の内容を縦書きで提示
        • 行幅7mm(普段学生が使用していると思われるA罫に準拠)
        • 筆記具は普段使用している鉛筆、又はシャープペンシルとする。

      3. 性格検査
      4.  下記の条件により、被験者に対して性格検査をおこない、性格を5類型に分類した。

        〈調査所要時間〉 約35分

        〈検査方法〉 Y-G性格検査

        Y-G検査法の判定法にしたがいプロフィールを作り判定を行う。16分類された性格を、さらに典型を中心とするA〜Eの5類型に分類する。(表 3参照) これを「実際の性格」とする。


    3.  印象調査項目の設定
    4.  本研究では、「筆跡から受ける印象」をSD法で抽出することとした。SD法で用いる調査項目を、以下の手順で設定した。

      〈被験者〉 金沢大学生(18〜24歳) 13人

      〈手 順〉 

       以上の手順により作成したものが、表 4である。

       

    5. 「筆跡から受ける印象」および「想像される性格」
    6. 次に、2-1-1の筆跡サンプリングで得たサンプルに対し、以下の調査者によって、「想像される性格」および「筆跡から受ける印象」のデータを得るための調査をおこなった。

      〈調査者〉 金沢大学生(18〜24歳) 49人

         

      1. 「筆跡から受ける印象」
      2. 先の58サンプルに対して、その筆跡を見て受ける印象を答えてもらった。回答方法としては、各サンプルに対し、2-2において作成した「筆跡から受ける印象」の調査項目(表 4)を7段階でチェックしてもらう形式によるSD法によった。

         SD法による調査アンケートから得られた結果を処理し、「文字から受ける印象」のデータとして筆跡一つにつき12項目×49人分=588個、計34692のデータを得た。

      3.  「想像される性格」
      4.  先に2-1-2において分類した典型について、Y-G検査法についての専門書を参考に性格特徴をあらわす語を抜き出し、表 5のように設定した。

         先の58サンプルに対して、その筆跡から想像される筆者の性格を、A’〜E’からそれぞれ選択してもらった。上記同様、筆跡一つに対して、49個のデータを得た。これを「想像される性格」とする。


         

  5. 「実際の性格」と「想像される性格」
  6. 本章ではY-G性格検査から得られる「実際の性格」と、その人の書いた文字を見た第三者によって「想像される性格」とを比較する。これにより、字を見ることでその人の性格が予想できるかどうかということを明らかにしたい。具体的には、「実際の性格」(A〜E)と「想像される性格」(A'〜E') とを対照し、その正答率を見ることで確認していく。

     表 6は、2-3-2において得られた結果をパーセントに直し、表にしたものである。A 列を例にとると、「実際の性格」がA (「平凡型」)の人物に対して、第三者がその筆跡から想像した性格がそれぞれA'〜E'となる。強調した部分がA 〜E それぞれの正答率で、全体の正答率は表の下に「総合正答率」として示した。正答率は、100 %ならば全部正解していることになる。他方、無関係でも5分の1は正答となる確率から20%程度ならば無関係といえる。

     まず全体を見る。総合正答率は27%とかなり低い。したがって、ほとんど正解していないということになる。また、A'という回答率が全体的に高いが、これはA'が「平凡なタイプ」ということから来るものと予測できる。

     次にA 〜E それぞれについて見ていく。A'という回答が全体に多いことから、A の正答率(39.2%)は高いとはいえない。B の正答率(30.3%)とD の正答率(26.0%)は、各列でA'(それぞれ38.4%と42.5%)の次に高い数値となっている。C では特に傾向が見られず、全体的にばらついている。E の正答率(20.7%)は、E'そのものが全体で低い(7.3 %〜20.7%)ことを考えると、必ずしも低いとはいえない。

     逆に、誤答率が高い方をみてみると、B をD'(20.2%)、E をC'(29.4%)と答えたものが比較的多い。B (「不安定不適応積極型」)とD (「安定(適応)積極型」)は「積極的」という性格特徴が、またE (「不安定不適応消極型」)とC (「安定適応消極型」)は「消極的」という性格特徴が一致している。それぞれ「積極的」「消極的」という点で共通していることがわかる。


     以上みてきたように、傾向らしきものはそれぞれについて存在するのであるが、ばらつきも少なくない。その例を次の二つの表で示す。 表 7は正答率が60%以上の、表 8は0 %を示すサンプルを抜き出したものである。表 7では3つともD (「安定(適応)積極型」)であり、これだけみればD は想像しやすい性格のように思われる。一方、表 8でも5つの内3つがDと出ていることから、同じ「性格」でもかなりのばらつきがあり、それぞれの性格ごとに特徴があるとは言い難い。

    わずかに傾向がみられたとはいえ、今回の結果では「実際の性格」(A〜E)と「想像される性格」(A' 〜E') との間に相関は見出だせなかった。つまり、字を見ることでその人の性格が「予想できる」とは言えず、一方Y-G検査の実施方法から来る信用性の問題および被験者数からして「予想できない」とも判断できないという結果になった。少なくともこの結果から言いうることは、安易にその人の筆跡から、その人の性格を読みとることはできないということである。

     

  7. 「想像される性格」と「筆跡から受ける印象」
    1. 「実際の性格」と「筆跡から受ける印象」
    2. 本論に入る前に、「実際の性格」と「筆跡から受ける印象」との関係をみておく。判別分析をおこなった結果、真の群と判別された群による見かけの的中率は50%と、前章の結果同様低いものとなった。

       次に「実際の性格」別に、各々の「筆跡から受ける印象」を平均したものを表 9に示す。(n:−3≦n≦3)この結果、絶対値1.0を越えているのは3つしかなく、ほとんど関係はないと言えそうである。ただ、絶対値1.0を越えているのは3つともB(3、6、11)である。また、Dは「+」が多く、Eは「−」が多い。細かく見ていくと、B、C、Eは1、2、5、8、10の項目において共に「−」を示しており、字形が乱れ読みにくい点で共通しているとは言えそうである。(ただしこの場合の「+」「−」は、価値の「+」「−」を表すものではない。)


    3. 「想像される性格」と「筆跡から受ける印象」
    4. 次に本題である、第三者が見た時に「想像される性格」と「筆跡から受ける印象」との関係を調べる。これにより第三者が見た時、性格を想像する際の要因となる字形特徴が明らかになると思われる。まず判別分析をおこなった結果、真の群と判別された群による見かけの的中率は81%と比較的高い数値となった。

      次に表 10は、表 9同様、「想像される性格」別に、各々の「筆跡から受ける印象」を平均したものである。表 9にくらべ絶対値が大きく、関連がありそうである。


      さらに表 11は、「想像される性格」と「筆跡から受ける印象」との相関をとったものである。具体的には「想像される性格」としてA'〜E'にそれぞれ想像された数と、「筆跡から受ける印象」として1〜12それぞれの点数との相関をとっている。この場合「1」に近いほど「+」の印象との相関が高く、「−1」に近いほど「−」の印象との相関が高いといえる。

      表中の相関係数が絶対値0.5以上のものに注目すると、C'とD'、D'とE'は「+」「−」が全く逆になっていることに気づく。また相関の高い項目はA'〜E'の性格特徴を予想する際に、何か要因となっていると思われる。


    5.  性格を予想する際の要因
    6. 前述のC'とD'、D'とE'との関係をはじめとして、これらが示す内容について考察を進める。まず「筆跡から受ける印象」どうしの相関をとったものが表 12である。また因子分析をおこない、その第3因子までを図 2に示す。これにより、高い相関がみられる項目は、三つのグループに分けることができる。仮に名称を付け、次のようにしておく。

        グループ1 整斉系:1、2、5、7(-)、8、10

        グループ2 伸々系:3、6、9、11

        グループ3 丸柔系:4、12

      これらのうち、「グループ1 整斉系」と「グループ2 伸々系」とに着目し、Bごとにそのプラスマイナスによって作成したものが、表 13である。この表では、「想像される性格」をY-G検査の分類項目に戻して表記した。「想像される性格」と相関が高かった「筆跡から受ける印象」は、Bの性格特徴とほぼ一致することがわかる。しかもその対応は、

       整斉系・非整斉系 : 安定適応・不安定不適応

       伸々系・非伸々系 : 積極・消極

      となる。これは、調査者が無意識に「筆跡から受ける印象」とその筆者の性格とを、直接的に結び付けているからだと推測できる。



  8.  まとめ
  9.  以上の結果を、まとめると次のように考えられる。

    1. 「実際の性格」が同じ被験者であっても、その筆跡から、第三者は必ずしも同じ印象を受けるとは限らない。(今回の分析からは、筆跡から筆者の性格を想像できるとは言えない。)
    2. 筆跡からそれぞれ同じような印象をうける被験者は、「想像される性格」が同じことが多い。
    3. 「筆跡から受ける印象」12項目は、その因子を3グループに分けることができる。
    4. 「筆跡から受ける印象」と「想像される性格」とは、おおいに関係があり、調査者は、「筆跡から受ける印象」とその筆者の性格とを結び付けているようである。

    これらについて、その意味を考察していく。

    まず、「実際の性格」と「想像される性格」の関係については、「筆跡から本来の性格を予想できる」という結果が得られなかった。ただし、この結果をもって、「字にはその人の性格があらわれている」「字は人をあらわす」ということを、否定することはできない。今後、被験者数を増やすとともに、性格検査の方法など多角的な研究が必要である。いずれにしても、筆跡から安易に性格を想像することは危険である。

     つぎに「筆跡から受ける印象」と「想像される性格」の関係からは、明確な結果を得ることができた。再度まとめると次のようになる。字が汚く・くずれていて乱雑、読みにくくしかもかわいくない場合には、その人は「学校、職場の問題者やトラブルメーカーのような暴力タイプ」であると見られる。また、字が小さくこじんまりした印象を与え、弱々しく暗い感じがする場合には、「おとなしくて問題を起こさないタイプ」であると見られる。これにくわえて、汚く読みにくい場合は、「内にこもり少々ノイローゼ傾向のある変わり者タイプ」と見られてしまうのである。一方、字が大きく、のびのびしていて力強く明るい印象があり、しかもきれいで整っていて読みやすい場合は、「活動的積極的で安定しているすぐれた管理者タイプ」という見方をされる。

    これらの結果は何を意味するであろうか。もし、字形特徴と本人の性格が本当に一致するものであれば、上記のような見方をされても致し方ないといえよう。しかし、現時点において、字形特徴と本人の性格についてその関係を明確に立証できていない。ということは、性格とは関係ないにも関わらず、字が与える印象によって、第三者は本人の性格を間違ってもしくはゆがめて理解してしまう危険性を持つことになる。本人の情報を多面的にとらえることの出来る場合は、大きな問題にはならないであろう。しかし、各種試験等の履歴書など提出書類の場合などは、少なからぬ影響を与えることも考えられる。

    この危険性を回避する方法として、字があたえる印象は必ずしも本人の性格と一致しないという点を明確に告知することが考えられる。しかし前述のとおり、字があたえる印象と本人の性格との関係については、研究結果として、明確に説明できない。一方、書写学習指導において、マイナス要因となるような字形にならないよう指導を心がけるという解決方法も考えられる。

    現行学習指導要領において、字形特徴と性格の関係についての記述は見られない。しかし、本稿で得られた筆跡から受ける印象のプラス要因としての「整っている・読みやすい」、マイナス要因としての「読みにくい・くずれている・乱雑である」は、学習指導要領の記述とある程度一致するものと考えられる。また、本稿で得られた要因のうち「字の大きさ」については、学習指導要領の指導項目と一致すると考えられる。これらに含まれない要因は「力強い・弱々しい、明るい・暗い、のびのびしている・いない、きれい・きたない、かわいい・かわいくない」となる。

    結論として、書字指導では、良い印象を与える方向での指導ということも必要であろう。ただし、それが学校教育の国語科書写指導の目標として適切なものかどうかという点は、別の視点から考察する必要がある。

    最後に、被験者として協力下さった皆様に感謝する。また本稿は、金沢大学大学院教育学研究科に所属する内藤仁之・小川美帆・中居望・王Iの協力により作成されたものである。