はじめに

 私は、子供の頃字を書くのが苦手な子供でした。ただし、いわゆるお習字の塾には通っていました。どうして通い始めたのか覚えていませんが、あまりに字が下手だった私に対し、親が見かねて通わせてくれたのかも知れません。中断した時期もありますが、何となく通い続け中学生の頃、塾の先生が隷書を教えてくれたことをきっかけに、筆を持つのが楽しくなりました。

   いわゆるお習字が得意な先生は、たいがい字が上手な先生といって良いのではないでしょうか。それに対し、私は今でこそ大学で書を教えていますが、どちらかといえば字を書くのに苦労した方だといって良いと思います。そんな私だからこそできる書写指導の研究があるのではないかと思うのです。

 最初の頃私は、表現としての書に興味を持っていました。しかし、高校の教員として芸術科書道を教えているうち、いわゆるペン習字をやりたい、普段書く字をきれいにしたいと思っている高校生が多いことに驚きました。そして、彼ら彼女らはきれいに書きたいと思っても、どうしたらいいかわからないのです。たとえば図のように、ひらがなの概形を説明し、上下からなる字のバランスを指摘し説明すると、ものすごく良いことを習ったかのように驚くのです。そして、彼ら彼女らに、このようなことをどこかで習った覚えはないかと問うと、「小学生の時、書き方の練習帳にあったような気がする」という答えが返ってきたりします。高校生になって、小学校低学年の算数で習ったこと覚えていないということはまれなはずです。にもかかわらず、書写の場合はこんなことさえも学習できていないのです。

 この時、字を整えて書きたいという希望を持つ子がいる限り、書写指導をもっとしっかりさせなければいけない、そして、そのためにはその時間内に字を整えて書くことができなくても、理解しておくことで後に役立つ書写の指導をがあり得るのではないかと思い始めたのです。高校生ですとか大学生になって、字をもっと整えて書きたいという希望を持ったときに役立つ書写の学力があっていいはずです。そしてそれが、このところいわれる「生きる力」としての書写の学習なのではないかと思ったわけです。

 この授業は、このような考えに基づいておこなうものです。そして、このような考え方は全国的な書写指導のながれとそれほど変わらないものであると思います。短い授業ではありますが、要点をかいつまんで説明していきたいと思います。