書写書道特論レポート

 手書き文字の用途〜サインの問題から〜

平成13年9月18日

(匿名希望)N君


授業者コメント


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1、

課題の設定

ある日曜日、いつものようにガソリンスタンドでアルバイトをしていた。「レギュラー満タン」とお客さんから渡されたクレジットカードを見ると、裏の署名欄に署名がなかった。他のお客さんのカードについても同様の物が多かったり、カードの署名と実際のお客さんのサインが明らかに異なったりすることも少なからずあった。

そこでふと考えた、なぜカードの裏には署名欄が設けられているのか、そして、そこにサインと同じように署名してくださいと書かれているのはなぜか。

それは、クレジットカードを使用する人物が契約者と同一人物かどうか、ということを判別するための根拠とするためであるということができる。

このことから、サインには個人を識別する情報が含まれていると考えることができそうである。

ところで、ここ数年パソコンに代表されるように情報機器の社会への普及には目を見張るものがある。それに伴って、文字を書くことに関しても機器を用いることが多くなってきていると言える。私自身の生活に目を向けてみても手で文字を書くということは徐々にではあるが減ってきているということができる。それは、パソコン等の機器を用いた方が美しく整って見える、文章を編集する際に便利であるということが大きな要因であると考えられる。

このように考えると、これから先、手で文字を書くという機会は徐々に減っていくことが考えられる。

また、これからの時代、新しい機能を持った便利な機器がどんどん発明されていくであろう。そのような社会状況の中で、手書き文字が果たす役割はどのように現在と変化していくのであろうか、ということを手書き文字を用いる場面目的に注目して考察していきたいと考える。

2、考察

機器(以後ワープロと記述、この場合のワープロとはパソコンなどのワープロ機能も含む)がこれほどまでに普及した背景には、手書き文字に勝る利点がワ−プロ文字にはあるからであるということが一つの要因として考えられる。

そこで、手書き文字とワープロ文字ではどこがどのように違うのかということを明らかにするために、まず初めに両者を使用する場面の違いについて考察したい。

それでは、手書き文字を使用する場面はどのような場面であろうか。

  1. なにかしらメモを取る場面
  2. 講義中にノートを取る場面
  3. 手紙を書く場面
  4. 私的な情報伝達をする場面
  5. 指定された用紙に記入する場面
  6. サインをする場面

一方、ワープロ文字を使用するのはどのような場面であろうか。

  1. レポートを書く場面
  2. 公的な情報伝達をする場面

このように分けて考えてみると、具体的には、手書き文字の場面1234は、私的な場面、ワープロ文字の場面12は公的な場面と言うことができそうである。このように考えると、手書き文字は私的な場面、ワープロ文字は公的な場面でそれぞれ使用されると言うことができそうである。

しかし、手書き文字を用いる場面でも、56は私的ではなく公的である。そこで、場面56について少し詳しく述べたい。

場面5の公的な場面において手書き文字を使用するのは、ワープロはあらかじめ指定された用紙の、決まった枠の中へ印刷するには手間がかかり、手書き文字の方が労力を使わずに文字を書けるからというのが大きな理由であると考えられる。

また、場面6は個人を特定するために手書き文字が使用されていると考えられる。したがってこの2場面は場面というよりも、労力や目的が優先された例外的なものと判断することができよう。

少し意外なのは、自分では手書き文字よりもワープロを使用する場面の方が多いのではないかと考えていたが、このようにそれぞれの使用場面を実際に書き出してみると、手書き文字を使用する場面の方が多いことである。

この理由を考えてみると、1回あたりの使用時間が圧倒的にワープロの方が多いということと、ワープロは何かを意識的に書く場面で使用することが多く、手書き文字は、意識しないで書く場面に使用することが多いということがある。つまり、意識的に書くということで、ワープロを使用するということが強く印象に残っていると考えられる。それは逆に言えば手書き文字は意識しないで書くことができるくらい簡便で、手軽な方法であると言うことができる。

ところで、場面においてこのような使い分けともいえる現象が見られるのはなぜであろうか。その要因の一つとして、文字の見た目の印象というものが大きく影響していると考えられる。

具体的には、ワープロ文字は手書き文字と比較して整然としていて見やすい、読みやすいという利点があるように思われる。したがって、人に読まれることを前提として書く、公的な文章にはワープロ文字が使用され、自分や親しい人物しか読まないと考えられる私的な文章に関しては手書き文字を使用するという使い分けがなされていると考える。

次に目的という観点から考察していく。

初めに手書き文字を使用するのはどのような目的であろうか。

次にワープロ文字を使用する目的は何であろうか。

2と3ついて具体的に説明すると、2は先ほどから述べているサイン等のことである。3は、例えば手紙を書くとき、筆記具を用いて書き、普通に郵送すれば相手に届くのは早くとも1日後である。一方ワープロを用いて電子メールで送ればほんの数分で相手に届く。

前述の場面のところで、手紙を書く場面のことを述べ、そこでは手紙を書く場面は私的な場面としていたが、現在では、情報機器の普及により、私的な手紙であっても届ける簡便さから、ワープロ文字を使用することも多くなってきている。したがって、目的では、ワープロ文字の使用に区分した。

このように考えてみると、場面のところで見られた、文字の美しさという要因よりも、準備、編集の手軽さ、届ける労力など、労力を軽減するということが目的では要因になって使い分けられていると言うことができそうである。

3、まとめ

例えば、授業中のノートに関して述べると、現在は、紙に筆記具を用いて書いている。これは現在のワ−プロが大き過ぎて、常に持ち運ぶのに適していないこと、電源をどのように確保するのかということ、図を書く、数学に代表されるような数式を書くことが手書きに比べて不便、というワープロの短所が要因になっていると考えられる。

しかし、逆に言えば、これらの短所が解決された便利なワープロが発明されれば、授業におけるノートの主役は手書きからワープロになると言ってもよいであろう。

一方で、サインや署名のようなものは、(現在の紙や筆記用具を使用するかどうか、ということは別として)おそらく手書き文字のままであろう。

このように考えると、ワープロが今よりも便利で使いやすくなれば、ワープロになってしまうものと、たとえワープロがどんなに便利になってもワープロ文字を使用しないものがあるということができそうである。

ところで、手紙を書くことに関してもう少し述べると、現在では電子メールに代表されるようにワープロ文字を使用して手紙を書く(この場合、電子メールを手紙と言い換えてよいのかという問題は別として)機会が多くなってきている。

一般的に手紙の場合、ワープロ文字で書かれていると受け取ったときに受ける印象があまり良くないと言われることがある。しかし、昨今の電子メールに代表されるように情報のやり取りの多様化が進んでくると、そのような印象はだんだん薄れてきていると言っても良いかもしれない。

しかしながら、それは一方ではワープロの画面に限ってのこととも言えるかもしれない。例えば1度に複数の人から(情報機器によらない)手紙などをもらった場面を想像すると、やはり、手書き文字で書いてあるほうが親しみを覚えることが多いと言える。

どの手紙も全く同じような文字で書かれていたとしたら、どのような印象を持つだろうか。少なくとも読みすすめていくワクワクドキドキという楽しみの一つは減少するであろう。このことから、手紙を読む際、内容はもちろんであるが、そこに書かれている文字そのものから受ける印象をも楽しんでいるということができるのではないだろうか。

これは、文字にはその人らしさというものがあるからではないか。例えば、文字を見ただけで、「これは誰々さんの字だ。」ということが度々ある。このことは手書き文字には個性があるということを意味していると考えることができる。

このように考えると、これからの書写教育は、手書き文字の個性について取り組んでいく必要があるように思われる。きれいで読みやすい文字は、ワープロ文字にはかなわないかもしれない。そうであるならば、きれいで読みやすい文字を書くことのみを教育の目標にすえるのではなく、文字の個性を尊重したその人らしさを伸ばす教育をしていかなければいけないと思われる。もちろん、文字は相手に情報を伝えるために使用されることが目的なのであるから、丁寧ということをおろそかにしてはいけない。したがって、その中で、相手に読みやすく分かりやすいその人らしい文字が書けるように、子どもの文字の個性を尊重しながら指導していくことが教師には求められていると考える。