『現代筆跡学序説』についての質問に対して 

2001.09.07

押木秀樹

 

 『現代筆跡学序説』やそれを紹介する新聞記事などを読まれた方から、 そこに書かれていることに対する疑問について、何通かのe-mailを いただきました。

 先にお断りしておきますが、『現代筆跡学序説』の著者である魚住先生は、 私にとって、ある意味で恩人です。厳しい内容のe-mailもありましたので、 私としては「その質問・疑問は直接著者に尋ねてください」とお返事したい 気持ちもありました。また、余計なことは書かずにおくに越したことはないという 気持ちもあります。ただ、私も仕事で「手で文字を書くこと」を研究して いますので、個別の返事を書きました。

 以下、いただいた疑問点のうち、複数の方からいただいた部分についてのみ私感を書かせて いただく次第です。

 

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筆跡を研究する学会がないということについて

p.182「筆跡学会がない」におけるいくつかの記述について、うちのWebをご覧になっている方からの質問をまとめると、次のようになるかと思います。

これについて、私が魚住先生のご本を読んで思ったことは、次にあげるようなそれぞれの筆跡や書くことに関する研究をまとめる学会がないということを主張されたかったのではないか、ということです。その意味では、次の成果にも触れてあればわかりやすかったのではないかと思います。

世界的に見れば、文字を書くことに関する科学的研究団体としてのInternational Graphonomics Society がありますが、日本には統合するような学協会がありません。 その意味では、魚住先生が主導されて、統合する学会ができることを祈るべきでは ないかと思っています。


解析ということについて

という質問がありました。

 私はおそらく自分の論文の中で、濃度を色調に変換することに対して、 解析ということばは使わないだろうと思います。

 しかし、だから悪いというのではありません。

 書や文字について、古くから主観的な書き方ではあっても多くの蓄積があります。そして、主観的であっても、その内容はかなり価値があるものだと思っています。ただ問題なのは、現代的な科学研究という点で、人により見方が異なると、一つの理論として認められにくいということだろうと思うのです。

 ある人には感じられて、ある人には感じられない要素を、何らかの変換をすることで明確にできるなら、それはそれで意味があることだと思います。濃度を色調に変換することもその一つといえるだろうと思います。

 ですから、解析というかいわないかは別として、意味のあることだと考えています。


筆記具の持ち方について

  1. 視点の違い  筆記具の持ち方についての記述で、魚住先生の理論と押木のそれとが異なる ことについて、ご質問を複数いただきました。そのうち、詳しく書かれている e-mailに手を入れたものをお読みいただけたらと思います。 > どちらも国立大学で筆跡もしくは手で文字を書くことを専門にして > いらっしゃるわけですが、これほど意見が違うのはなぜでしょうか。 持ち方に関して、魚住先生は「どうあるべきか」という視点であり 押木は「こうあるべきだといわれるのはなぜか」という視点であることが いちばんの違いかも知れません。 > さて,私がお尋ねしたいと思ったのは,「万年筆の持ち > 方」についてです.先生の硬筆の持ち方についてのお考 > えは,先生のページの中(http:// > www.shosha.kokugo.juen.ac.jp/oshiki/graphono/ > mochikata/mochi.htm)や,発売中の婦人公論162 > ページの図で,一応理解いたしております. 次に、この図に載せられているものは、「押木の説」と申しますより、 「小学校用書写教科書等に掲載されている持ち方」と考えていただく べきだと思います。 なお、ペンや万年筆が輸入され、また国内で生産されはじめたころの持ち方 の図はかならずしも、この図と一致しないことも付け加えておきます。
  2. 書きやすさについて 私の仕事は、その持ち方がなぜ「望ましい持ち方の図」として掲載されるように なったのか、自然にそれが望ましいとされたものであったとしても、そこには 何らかの合理性があるはずであり、それを説明するという部分になります。 まず、私の場合、「手書き文字研究の基礎としての研究の視点と研究構造の例」 http://www.shosha.kokugo.juen.ac.jp/oshiki/ronbun/kiso96/ks96.htm の「2-1  手書き文字のもつ要素」の表1・表2の要素と、学習効率の バランスを考える必要があると考えています。 > =====162,163ページ===== > 筆記具の軸部は,親指と人差し指のつけ根の間にもたれ > させるようにすることが,疲労を生じない持ち方であろ > う.とくに筆記具を立てるタイプの人は,このつけ根の > 間から離れ,人差指のつけ根,第三関節のところに接す > るようになり,それでとくに差しつかえはないが,毛筆 > の持ち方に幾分近くなり,やや指に力が強く加わるため > に,疲れやすく,長時間筆記を続けると,指が痛くなる > こともありうる. これについては、押木の <機能的要素> 書きやすさ (動的項目) 疲労 に着目していると思われます。 なぜ、疲労しやすいとするのかの説明がやや足りないようにも思いますが、 ・筆記具のバランス取る点が一点に近い場合、 ・筆記具の先端部に下方からの力が加われば、後端部は下がる ・後端部を下げないようにするためには、何らかの力が必要になる という説明ができるかと思います。 逆に見たら、魚住先生の提唱される持ち方は、(以下側方を無視すると) ・親指・示指・中指がバランス取るため(上方から力を加える)に機能し、 ・筆記具後方が、親指の付け根に接することで、固定され ・先端部に下方から力が加わっても、下がらないようにすることで ・筆圧を維持している といえそうです。 一方、教科書などに載っている持ち方では、主として示指は上方から、 親指・中指は下方から力が掛かる位置になり、両方からの力のバランスで 筆圧をコントロールしているといえそうです。
  3. 伝統がマイナスに機能? > =====166ページ====== > 現在刊行されている書き方,あるいは書写の教科書に示 > されているお定まりの姿勢および執筆の示範図は,全く > 現実離れをしていて使い物にならず,(略)それはそれ > らの教科書を,いずれもが書道の大家が監修しているこ > とによる.彼らの観念には毛筆書につねに理想があり, > 硬筆の書写も毛筆並に書くことを正統とする考え方がこ > びりついている.(略)そんな頼りなく力の入らない持 > ち方では児童が能率よく文字が書けるはずがない(略) > はなはだしい時代錯誤が,教科書の中に居すわっている > (略) これは、押木の提示する要素のうち、「伝統」がマイナスに機能している ことを指摘していると思います。(5-3-2 参照) その他の要素についての 検討がなされていないのが、残念です。
  4. best か betterか 次に、「理想」という表現から、best を提示するか、betterを提示するか という問題があり、そのことについて言及されていない点も残念です。 とりあえずベストなフォームを提示しておき、すべての人がベストに ならなくても、よりベターな状態をめざすことが多いのではないかと 思います。 さて実は、このあたりの問題について、私の仮説を、2001.11の書写書道教育学会 鳥取大会にて、口頭発表しています。(その後、論文として投稿したのですが、 査読で落ちました、、、仮説ではなく実証的データをそろえて論文にせよと いうことのようです。現在、修正を加えて別の研究誌への投稿を検討中。) もしよろしければ、「正しい持ち方の合理性についての理論的考察」 http://www.shosha.kokugo.juen.ac.jp/oshiki/work/Mochikata/Mochikata_OHP.files/v3_document.htm をご覧いただきたく思います。この4-1が全体像です。見にくいので、 この図5だけを、 http://www.shosha.kokugo.juen.ac.jp/oshiki/work/Mochikata/fig05.jpg としました。 字形、疲労・速度(基本的書字運動)から、考察しています。4-2 以降に おおざっぱな説明ですが、いたしてあります。
  5. 万年筆の特殊性 さて、これを踏まえて上で、万年筆に話を移します。余談ですが、 ペン先に縦の切れ目の入っている万年筆は、横画(の実画)の多い 漢字の書字動作には本来向かないものかと思いますが、よくここまで 改良を続けてきたものだと思います。モンブランなどの海外製品の 場合、太字でインクの流れが多く、筆圧が弱めでもインクの紙に対する 張力で書けていくようなタイプでないと書きにくいのはそのためだと 思います。(抵抗が少なくなるために、書きやすさにつながりますね!) > カルテなどに万年筆で字を書く機会が多く,どうしたら, > 読みやすい字を,早く,疲れないで書けるのかという点に > 興味があります. 了解いたしました。「万年筆」という筆記具に気をつけなくては ならないと思っています。 > また,やはり万年筆をよく使う仲間に聞いてみますと, > できるだけ寝かせて力を入れないようにして書くと書き > やすい,という人も多いのです.確かに,万年筆は,あ > まり,立ててはかえって書きにくいように思います. 構造上、そのように思います。ですから、4-3-2の上の図のような 角度は、ボールペンでは書きにくく/シャープペンシルでは折れやすく とも、万年筆ではかえって書きやすいと思います。 ですから、万年筆だけを用いるのなら、この持ち方で(先端部が 見えにくいなどの他の問題が生じていなければ)まったく問題ないと 思います。
  6. 筆記具への対応のために これが、 > 結局の所,自分が書きやすいやり方で書けばいいように > も思います. ということになるかと思います。一方、万年筆もたまに使うが、 ボールペンも使うといった場合、筆記具によって角度を調整する必要が 生じます。 4-3-1の図は、筆記具の動きの大きさを示したものですが、上の図は、 角度の調整範囲を示したものとしても見ることができます。一般的な 教科書などにのっている持ち方の場合、角度調整が容易だという点で 筆記具への対応から、押木は、どちらが理想的かといったら、こちらを 支持するわけです。
  7. まとめ > しかし,専門家のお二方(先生と魚住和晃 > 氏)のお考えがこの点については,はっきり対立してい > るように思えました 押木が一般向けに書いております「筆記具の持ち方と姿勢」ではわかり にくいかと思いますが、以上説明してまいりましたように、bestとbetterの 関係、書字の要素のうちから何を優先させるか、「理想の提示」と「提示 された理想に対する合理性の考察」という点で、魚住先生と押木とでは異なる ために、対立しているように感じられるのではないかと思います。