佐々木『からだ:認識の原点』と文字を書くこと
- 佐々木正人『からだ:認識の原点』(認知科学選書15)/1987,東京大学出版会
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佐々木氏のこの本は1987に出版されており、現時点で特別新しいものではない。また、もちろんのことながら、この本の表題からもわかるとおり、認知科学の研究と「からだ」とを切り離して研究することの問題点と、結びつけた研究の可能性とを読むべき本である。「むかうアクション」「なぞるアクション」という視点のおもしろさを、読むべき本である。
一方で、この本は「手で文字を書くこと」を研究しているものにとって、示唆に富むものであることも、知られた事実である。以下は、どのような点が手書き文字を研究するものにとって有効であるか、筆者なりに抜き出したものである。手書き文字研究者がこれらの知見を生かしていくことは、また認知科学の領域についてあらたな実験結果を加えるものであるかも知れない。
急速反復書字時の書字スリップ p.1
- 書字スリップの現象は、動くからだの中に、このような認識が生み出されるかかわりが内包されていること、すなわち動くからだそれ自体が独立して意味を生成する認識の舞台となっているなっている可能性を暗示している。
※Nihei, Y 1986 Dissociation of motor memory from phonetic memory : Its effects on slips of the pen. ,Kao Galen Hoosain, Graphomics, Contemporary research in handwriting, North Holand , pp.243-252
タキストスコープを使用した実験の可能性 p.7
- (逆にそういった実験の段階さえも経ていないということについて)
なぞりアクションと認識に要する時間 p.31
- 図形は、それが動きをともなって徐々に形を現す過程を見ることで学習された。このように、動きが図形を作り出す過程を見ること、すなわち「なぞり」アクションの体験は、後に”ゆがみ”図形から元の図形を見いだす時間に大きく影響した。
※高松薫・鳴瀬悟策 1985 文字の読みに及ぼす先行動作の効果 九州大学教育学部紀要 30 135-141
※Vygotsky, L.S. 1935 柴田・森岡訳 子どもの知的発達と教授 明治図書 1975
※Freyd, J.J. 1983 Representing the dynamics of a static form. Memory & Cognition, 11, 342-346
「層理論」と意識化の感覚の可能性 p.38
メンタル・ローテーション p.55
- (視覚性の記憶と運動性の記憶との分離の可能性などから)
※下條信輔、1981、メンタル・ローテーション実験をめぐって-イメージ研究の方法論の一考察-、心理学評論24、16-84
※Parsons, L.M., & Shimojo,S, 1987 Perceived spatial organization of cutaneous patterns on surfaces of the human body in various positions, Journal of Experimental Psychology : Human Perception & Performance, 13, 488-504
空書とその認知的機能 p.94
- 本来は、”頭の中”でおこなわれる個々の漢字をイメージ化したり、それをいろいろに組み合わせたりといった思考内の過程を、からだの動きとして外在化させる空書には、このような方法と同様な、意識過程を具体的な行動でコントロールする働きがあったと思われる。「外言リハーサル(梅本)」
- 漢字の量が600字を越える10歳で事情は一変した。
- (略)約1000字を越す漢字の読み書きができる)の例外を除き、日本人と中国人、すなわち非漢字文化圏の者に限定された。
- 漢字習得経験を持つ我々は、単語を「運動感覚的な成分をともなった視覚的な表象」として記憶しているというのだ。
- おそらくこのように個々の要素が複雑で、かつ膨大な記号の集合を”視覚的”な方法だけで記憶することには限界があるのだろう。
- 正しい筆順をおぼえるためだけに何度も書いたわけではない。書くという運動的な手がかりを付け加えることで、初めてこの膨大な視覚的記号の集合を”身につける”ことができたのだ。
※蓮實重彦、1977、反=日本語論、筑摩書房
※佐々木、1984、空書行動の発達-その出現年齢と機能の分化-、教育心理学研究、32、34-43
※佐々木・渡邉、1983、空書行動の出現と機能-表象の運動感覚的な成分について-、教育心理学研究、31、273-282
※佐々木・渡邉、1984、空書行動の文化的起源-漢字圏・非漢字圏との比較-、教育心理学研究、32、182-190
※梅本、1987、認知とパフォーマンス(認知科学選書6)、東京大学出版会
漢字の複雑さの評定値 p.95
- 漢字に関しては、その視覚的複雑さの評定値が、漢字の「線数」(漢字を校正する線と点の数を合わせたもの)というその図形的構成要素に基づく単位、いわば純粋な視覚的単位よりも、漢字を書字するための動きを加算した単位、画数と高く相関しているという報告もある。
※賀集ら、1979、漢字の視覚的複雑性、関西大学人文研究、29、103-121
運動覚性促通(motoric-facilitation)p.97
※Sasanuma, 1973、Kanji and kana procesing in alexia without agraphia. Annual Bulletin, Research Institute of Logopedics and Phoniatrics, 7, Tokyo University