肘の状態と硯の位置等について

-毛筆で横画が安定して引けない子供のチェック事項を考える-

金沢大学教育学部 押木秀樹


  • 1. 肘はあげるべきか下げるべきか
  •  毛筆の学習を始めたばかりの人で、線がふらふらするという人がいます。もちろん、毛筆で書き慣れていない人は、どうしてもふらふらしてしまうかと思います。ただし縦画は、肩・腕・手首の運動から考えても各所の調整が必要な難しい運動と考えられますが、横画は比較的容易な運動と言えるでしょう。いつまでたっても横画さえふらふらするという場合、持ち方や構え方を確認してみる必要があると思われます。

     一方、小学校の書写で毛筆の指導をしていらっしゃる先生からご質問をいただくことがあります。「筆を持つとき、ひじをあげるべきですか、下げるべきですか?」ということです。おそらく、塾に行っている児童生徒で異なったり、一人一人の癖の問題もあるのでしょう。

     さてそれでは、肩から肘にかけての姿勢、構え方はどうあるべきなのでしょうか。本稿では、書写指導を苦手とする人を対象として、この点について考えてみたいと思います。結論を先に申しますと基本的には、その子、その人の書きやすい姿勢で書けば良いのではないかと思います。また、書家を養成する場合などは、必ずしも書きやすい姿勢で書いた方がうまく書けるとは限りません。この後の話は、ごく一般的な場合を考えてみたいと思います。

     やはり字を書くのですから、自然な姿勢、長時間書いていても疲れない姿勢が大切だと思います。その意味では、右の図のどちらが適していると思われますか? 私は、右の方が自然だと考えます。私たちが適度な高さの机に向かって、硬筆筆記具で字を書く姿勢も右ではないでしょうか。私は、毛筆で字を書くときも基本的には同じなのではないかと考えています。合理的な方法で、学習すべきだ言い換えることもできるでしょう。

     繰り返しますが、芸術的な書の作品を書く場合はこの限りではありません。ですから、塾などで書家の卵を養成する場合などは、肘をあげた書き方を教えるのも誤りとは言えませんし、それが書きやすいという人を無理に矯正させる必要もないと思います。一方、義務教育では、この問題は大事ではないかと思っています。というのは、現在の国語科書写の目標は、原則的には<実用のため>といっても良いと思います。とすれば、毛筆で学習した内容が硬筆にも生きるものであって欲しいと思います。ですから、毛筆の学習を特殊なものと位置づけるのではなく、自然に硬筆とつながるものであって欲しいと思うわけです。その意味からも、硬筆筆記具で書くときの構え方、上の図では右側の構え方で、毛筆学習もおこなうべきではないかと思うのです。



    2. 肘が上がる理由

     さて、次に考えなくてはならないことは、「なぜ肘が上がってしまうのか?」ということです。原因を正さなくては、いくら指摘しても直らないでしょう。私は、この理由を、次の3点から考えています。

    2-1 筆の持ち方と肘の状態

     まず、持ち方については、右の写真のように考えられます。いわゆる正しい持ち方(写真下)で持った場合、手首が下がり肘が上がることがありません。それに対し、筆管が親指と人差し指の間に入る持ち方(写真上)だと、手首が持ち上がり、必然的に肘が上がってしまうことになります。もし、この持ち方で手首が持ち上がっていない場合は、筆管の傾きをチェックして下さい。毛筆を習いはじめたばかりの子供で、筆管を傾けて妙に太い線を引いている場合も、ここに原因があったりするのです。


    2-2 机の高さと肘の状態

     次に、机の高さをチェックする必要があります。右図をご覧下さい。漢字書字の場合、基本運動であるZ型運動のためには、アルファベット書字の場合より、もともと机が低い方が望ましいのではないかと、筆者は考えています。さらに硬筆に比べ毛筆の場合は、指先から紙面への距離が長くなります。したがって、高めの机を使った場合、どうしても肘が上がりがちです。筆先の位置が手前に近づくにしたがって、肘が上がるような時は、机の高さを疑ってみると良いかと思われます。

    2-3 肘の状態と硯の位置

     最後に、硯の位置について考えてみましょう。特に長袖の服を着ている場合、また小学校などで買った「お習字セット」の硯箱ごと使っている場合は、注意が必要かと思われます。そでから肘にかけて、確認して欲しいのです。

     右図上の斜線のところに硯がありませんか? 大人の皆さんでも、子供の頃に袖を汚してしまった経験があるかも知れません。しかし、ある程度の年齢になると、身体の各部の位置を無意識にチェックしているのでしょうか、袖を汚す人は少なくなります。そのかわり、次の図のように肘をあげることで硯を避けている人が多いように思われます。

     もちろんこのような書き方になれきっている人には、何の問題もないでしょう。しかし、初心者や普段ごく自然な構え方をしている人にとって、このことは不安定になる原因になると考えられます。



    3. 前の子の肘を汚さないために

     もう一つ関連して気になることがあります。これは、小学校などで一度でも毛筆書写の指導を担当されたかたならおわかりのことと思います。次ページの写真右上のように、肘を汚さないように硯をぎりぎりに前におくと、今度は前の児童の肘に筆が当たってしまうという問題がおきます。皆さんも子供の頃、肘で後ろの子の筆を落としてしまい、自分は長袖シャツを黒くしたという経験がないでしょうか? これを防ぐために、小学校の先生がたは前図の斜線の位置に硯を置くよう指示しがちです。写真左上は、ある県の書写教育研究会の資料から抜粋した写真です。この県は、大変書写指導において進んでいる県です。しかし、肘・そでの位置に硯があります。さて、どう指導しますか? 肘を上げさせる? それとも、前の子の肘が当たっても気にしない?? 本来の解決方法は、教室を広くする、いち教室の子供の数を減らすというのがもっとも適切な方法かも知れません。

     小学生用の習字セットにもいろいろな工夫が凝らされたものがあります。写真右上のものは、どうしても肘があがってしまう位置に硯が来てしまいます。それに比べて下のものはその心配がありませんね。もし、上のような場合でも、すり減った消しゴムなどを、筆の下の方に挟むなどすれば対応できますから、心配はいりません。ちなみに写真左上の学校でも、こういった工夫をしていることがうかがえます。

     まとめとして、私たち自身、また子供たちには特に、練習しやすい状況で練習させてあげたいと思うわけです。また、悪いところを注意するのみでなく、その原因・理由から対処していくことが必要だと思われます。机が狭いということも問題ですし、硯箱の形も問題かも知れませんが、工夫することで何とか乗り切っていきたいものです。


    1997.11.21 『石川県書写書道教育研究 研究集録1997』