多くの形が○に吸収される体験から

～仙厓「□△○」の私的解釈～

2004.01 押木秀樹

　書写書道教育学会・書道学会出席のため福岡へ旅するにあたり、特に下調べなどしなかったものの、どこかで仙厓の作品を見ることができるのではと楽しみにしていました。２つの学会のなか日には、福岡市美術館「仙厓展-仙厓の交友-」をみることができ、美術館にて『仙厓の○△□』*1をおみやげとして購入、電車の中で読みながらの帰路となりました。

　私は、仏教・禅・臨済といずれの知識もなく、まったくの素人です。先にあげた２つの学会についていえば、仮に書道学会が私のメインのフィールドですと、墨跡研究との関係から、自身の専門にもなり得るのでしょうが、私の専門は書写書道教育の基礎としての書字研究です。今回の福岡の学会でも、文字の概形に着目して、字形の認識と書字について把握するという、とても分析的な発表をしてきました。

　さて、仙厓の「□△○」を幾たびか見たことがあるように思うのですが、特に東京丸の内の出光美術館で見たときのことが思い出されます。私は、分析的な研究をしている割に、書については直感的に感じられれば、わかろうとわかるまいと気にしないたちです。祖母が近所の尼僧と親しくさせていただいていたため、子どもの頃にそばで話を聞いていたことがあります。お盆にお経を読みに来てくれるお坊さんも、この尼僧も曹洞宗なので、臨済の禅の理屈っぽさが気になったりするのは、子どもの頃に知らず知らずに影響を受けていたのかも知れません。
　しかし、あの日この軸の前で意味を考え、「何と！」とほほえんでしまいました。書？が紙を飛び出し、この展示室の展示スペースをぐるっと一回りして、またこの紙に戻ってきてしまいました。そして、他の作品を見終えて、美術館のお堀が見えるスペースから西の空を見ていたら、今度は、作品が富士山あたりを回って戻ってきました。次には、地球から太陽系、そして私たちの銀河さえも超えて、、、（このくらいにしましょうか）またこの紙に戻ってくるのです。仙厓さん、何とも大きな書？を書いたものだと思いました。
　あれから10年くらいたつでしょうか。今回の福岡旅行で『仙厓の○△□』を手にして、久しぶりにあのときのことを思い出しました。

　さてなぜ私には、この作品がこのように見えたかおわかりでしょうか。ここで２つのことを書きたいと思います。一つは、『仙厓の○△□』に紹介されている解釈についてです。もう一つは、文字の概形についての分析結果についてです。
　まずは、以下に解釈を箇条書きしてみます。ただし、この箇条書きを読んでもよくわからないと思います。私もさっぱりわかっていないくらいですから。また、著者中山氏の最終的判断は書かずにおきます。どうか、上記の図書を購入して読んでみて下さい。

	・○は水、△は火…、地・水・火・風・空・識の六大説
	・□は天台、△は真言、○は禅
	・○は無限。△は形のはじまり。□は△の合わさったもので、合わさって
	　いくと無限。この図は宇宙。三密・五大・六大（鈴木大拙）
	・○は仏教、△は儒教、□は神道
	・○△□はマークであり、禅そのもの
	・絶対無の○、一の△、そして多の□

　次は、文字の概形に関する件です。福岡での発表は、1005文字を26種の形状に当てはめることからはじまりました。小学校で学習する漢字は1006字、そのうちから「一」を除いたものが1005字です。26の形状は、試行錯誤して、任意に定めた形です。

三角形から六角形がそれになります。研究では、いわゆるお手本の字や子どもたちが書いた字を、この形に当てはめて考えることになります。最終的には、エキスパートが選ぶ形状に近い形が選ばれるように、コンピュータで近似的に選択するシステムを用いています。ここには△も□も、台形も菱形も、またホームベース型など、何となくおなじみの形状がありますが、なじみ深い○は入っていません。そのことを何度か聞かれました。実は、○を入れて実験をやってみたこともあります。結果は、私自身何となくわかっていた通りでした。
　「上」などの字は△が選ばれます。「国」は□。「工」は台形で、「十」は菱形です。もっと複雑な字になると、他の図形がそれぞれに選ばれるようになっていきます。ところが、○を選択肢に入れたとたん、それぞれの形に選ばれるはずの多くの文字が○に吸収されてしまうのです。どこに角があるか、またおおよそどんな形をしているか、それらを丁寧に形に当てはめていけば、1005の形状ができてしまいます。それを26に当てはめようというわけですが、ぴったり当てはまるわけではなく複雑な形は○に吸収されていくのです。

　著者の中山氏は、鈴木大拙のユニバース説？について、「絶対無の○から一の△、そして多の□…」と書いておられるが、この部分について、私は少し違います。ただし、鈴木大拙自身がどう書いているのか、読んでいないのでわかりません。
　二角形というものはない。三角形が最初である。四角形、そして作品を飛び出して、五角形・六角形・七角形…100角形…1億角形…1兆角形となっても、まだ○ではない。でも、目で見ればほとんど○かも知れない。無限の空間があってはじめて、この作品の○に戻ってくることができるのです。何とスケールの大きな作品でしょうか。おそらく私は、○と△のみではそのことに気がつかなかっただろうと思います。□を書いておいてくれた仙厓さんに、ありがとう！といいたい気持ちです。
　仙厓さんは、そんな数学的なことを考えていないだろう、という批判もあろうかと思います。これはあくまで私の理解ですので、ご批判いただく価値もありません。（ただし、インドに源のある仏教の深淵を理解していたとされる仙厓義梵が、その程度の認識がないとも思えないですが。）
　もちろん、私にはその後に続く仏教的解釈はできません。（最初の△と、無限の彼方から戻ってきた○が書いてあって、その後に「扶桑最初禅窟…」と書いてあることを素直に読んではいけないのかとは思いつつも。）しかし、これだけ大きな作品を見せていただいただけで、私などには十分すぎるほどなのです。

　多くの形が○に吸収されます。蛇足でしょうが、○は角を持たず無限の角を持ち、多くの形あるものを吸収する包容力のある図形のようです。私は数学者ではないので、詳しいことはわかりませんが、実験で多くの形が○に吸収されるということを、目の当たりにしました。このことは、福岡の学会での発表の中にもありません。しかし、あの日の出光美術館の経験とともに、この福岡での学会旅行で思ったことは、私の理解が少し進んだ証かなと思います。そう思った瞬間、「馬祖・臨済図」の馬祖の顔がぬっとあらわれ、仙厓さんに「わかった気になるな！」と叱責されるのでした。まあ、私には一気にわかるのは無理ですから、ほんの少しずつ（書字について）明らかにしていきたいと思います。

*1　中山喜一郎『仙厓の○△□』, 弦書房, 2003.8