日本語の文字の課題と可能性(R7国語問題研究協議会) Date: 2025-08-06 (Wed) 
 今年度の「国語問題研究協議会」、「日本語の文字の課題と可能性」を聞きにいってきました。概要は、以下の文化庁のページで確認できます。
 https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kokugo_shisaku/kyogikai/index.html

 この協議会の内容は、追って動画で配信されるようですので、ネタバレしない程度に感想を書かせていただきます。

 まず武田康宏調査官による国語問題研究協議会の経緯や意義の説明、またローマ字使用のあり方の説明、いつもながらに大変わかりやすく、理解が明確になった感じがします。

 山本真吾先生のお話をうかがっていて思ったこと。学校において、日本語をツールとして学習するのは当然大切なことですが、もっともっと文化としての面を知ってもらう必要があるということです。文学でなくて語学の面について、小学校では小学校に適した文化の学びがもっとあってほしいということです。ちなみに、小学校の書写の教科書に、「木」という字の2画目ははねて書く書き方がある(はねても間違いではない)ことが載っていることを知っている人も少ないかも知れないと思いました。

 佐藤栄作先生のお話、いつもながらに、切り口が良くて答えが絶妙です。おもしろい。けれど、中身は書かないでおきましょう。

 モリサワUDデジタル教科書体開発者の高田裕美さんのお話、バリアフリーではなくて、ユニバーサルデザイン。でも、すべてをカバーできるわけではないということなど、なるほどと思うことが多々ありました。個人的には、そういう時代になったのだなぁという思いになったことがあって、それは書くことから、読むことの傾斜についてです。教科書体の特徴であった、画の書き始めと書き終わりが認識しやすい特徴を捨て去った、思い切りの良さです。学年別漢字配当表のフォントは、いかにも毛筆のような始筆・終筆という感じですし、それ以外の特徴も論外かと思いますが。(と言ってしまって良いのかというのは置いておいて。)光村教科書体や、游T教科書体などは、かなりすっきりした特徴を持っていて、読みやすいと思いますが、まだまだどちらからどちらに書くかという情報は残しています。
 すべてをカバーできるわけではないということですから、当然なのかも知れませんが、教科書体のかなり大きな特徴をなくした試みに、時代性を感じました。


[前頁]  [次頁]

 トップ  検索  (管理用)

- Column HTML -